────砂だと?
────ここは、どこだ。
いきなり目の前で痛いと感じるほどの強い光を浴び、
暗転、
気がつけば、広大な砂漠にセンスの良い仮面がぽつんと存在している、そんな状況だった。
砂を集め、ボコボコと音を出しながら身体を造り、思考する。
たしかあの時はポンコツ店主が性懲りもなくまた、魔道具を仕入れて⋯⋯いや譲り受けたと言っていたか。
『誤解です!バニルさん!誤解なんです!これは違うんです!ですから殺人光線の構えを解いてくださいぃ!』
『やかましいわッ!どうせ貴様のことだ、また碌でも無い品に決まっている。このポンコツ店主がッ!さっさと何を仕入れて来たか我輩に説明してみろ!』
『ええっと、まず、これは仕入れたわけではないんです』
腕を組み、無言で続きを促す。
魔道具はアンティーク調の小さな机に半透明で黒くくすんだドームが形成されており、接続部は錆びついていた。中に見える白石英の板には魔法陣が彫られている。
『これは、譲り受けたものでして、最近になって思い出し、今日回収してきたんです。』
『⋯して、これの効果は?』
『よくぞ聞いてくれました!これを使えば、少量の魔力で
『ほう?それが本当であれば商談場所への移動や仕入れが楽に───』
『まあ、壊れて使えないんですけどね!でもこれは本当に貴重な物で─────』
『⋯⋯⋯⋯⋯ところで一つ確認したいことがある』
怒りを抑え、尋ねることにした。
これは凄いものだの、古代の遺物だの言う、
目の前のポンコツ店主に対して我輩が商談から戻った後に発覚したことを⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
『金庫の中身が半分近く消えていたことについて心当たりはあるか?』
『ああ!それなら、今まで見たことないくらい純度の高いマナタイトが売られてまして、いや〜良い買い物をしました!───────その、バニルさん?そんな怖い顔して⋯⋯まさか!?』
『貴様は、毎度毎度、我輩が日々仕事に励んだ稼ぎを無に帰しよって!バニル式殺人光線!!』
スペシウム光線さながらの構えから放たれたそれは見事命中し、黒焦げの
話をまとめると、我輩が商談に行っている間に魔道具を回収、帰る途中で商人に会い、急いで店まで戻りマナタイトを購入。
我輩が帰還、商談に使った書類などを保管するため金庫を開けて事態の発覚、そして今に至る、と。
⋯⋯⋯はぁ、もう何も言うまい
とりあえずここにあっても仕方がない、そう思って魔道具もといガラクタを物置まで運ぼうとした時だった。
〘キュウィィン〙という起動音とともに魔道具はガタガタと震え始め、閃光が走る。
カッッ!
そして気づけばここにいた。
─────どう考えてもあの魔道具のせいだろう。
おそらく、我輩の殺人光線によって起こった魔力の流れであの魔道具が誤作動を起こし、ランダムテレポートが行われたのだろう。
壊れて動かないのではなかったのか?
すぐにでも帰らねば、店があのポンコツ店主に赤字で潰されてしまう。
周囲を見るが四方八方に砂が広がっているだけ。
砂漠といえば"常夏の神殿"だが、あいにく魔物の気配は感じられない。
はぁ⋯⋯⋯⋯面倒な。
それから暫くして、我輩はこの砂の上を歩き始めた。
目指す先は、先程から薄く感じ取れる悪感情の源泉だ。
歩を進めるほど濃くなる悪感情はお世辞にも上質なものとは言えない。
──どうやらあの中からか。
前方に荒立つ大きな砂嵐、その内部にこの感情の主がいるらしい。
どうやら、少し離れた場所にも妙な気配がある、
獲物で遊ぶようなたちの悪いモンスターに似た気配が。
おっと、いかんなこの調子では死んでしまう。
時間とともに弱々しくなる感情に、我輩は足を速めた。
◐
戻らないと、
歩かないと、
でも、でも、で、も、
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯もう、動けない
彼女は孤独に倒れていた、その疲れ切った身体に歩く体力など残っていない。
身体に打ち付け続ける痛い砂
皮膚を焼き、水分を奪う太陽
逃さないと言わんばかりに視界を遮る砂嵐
その身に降りかかる全てが、無慈悲な楔となり『絶望』の二文字を彼女に叩きつける。
⋯⋯⋯⋯⋯情けないなぁ
ネフティスとの取引へ向かうつもりが、一度水や食料を見直し冷静にアビドスへ戻ろうとした。
その判断は、正しかった。
そのまま向かえば、遭難することは確実だっただろう。しかし、結果的に遭難してしまったのだ。それから、どれだけの日数が経っただろうか。
⋯⋯⋯本当に⋯ごめんね⋯⋯ホシノちゃん
確実に近づく、生の終わり。
たった一人の大切な後輩との最後の思い出が、
────────喧嘩だなんてそんなのあんまりだ!
そんなのっ⋯いやだ⋯⋯まだ死にたくない⋯⋯⋯!
⋯⋯まだ何もできてない!
───っ──神様どうか──誰か!
「助けて」
遭難してから、何度願っただろうか。
願うたびに彼女を静寂が包み、締め付ける。
その小さく懸命な最後の言葉になることの無かった願いは何者にも聞かれることはなかった。
その運命のまま、自然の摂理に従いアビドス砂漠に死骸が増える。
ただそれだけだ。
「ふむ、これは一体どうしたものか」
焦燥 恐怖 無力感 罪悪感 後悔
荒れ狂う砂嵐のなか悪感情の導くままに、この仮面の悪魔は一人の少女を見つけた。
制服と呼ばれる物を纏った娘は非常に疲弊し、ぐったり横たわっている。今にも息絶えそうな彼女の頭上には、黄色く光り輝く一種の紋様らしきものが浮いていた。
気配感知を最大限広げ、探る。
────────あちらの方角に街があるようだ。
「バニル人形よ。一刻を争う、安全を確保しつつ、この娘を市街地へ運べ」
我輩お手製のバニル人形たちは、我が命と共に淡い青緑の髪をした娘を持ち上げ、短い手足を忙しなく動かし、この場を離れる。
あの娘は何者なのだろうか
近くに落ちていたあの盾は折畳式だった。さらに、バニル人形に手渡す際に持ってみたが、予想より軽く驚いた。
丈夫で軽く、利便性に長けた盾。なんと高性能だろうか。
今まで数多くの冒険者に出会ってきたがあんな物は我輩ですら見たことが無い。
頭上の輝く紋様にしても、あの盾の技術力にしても、
長き時を生きた者としてもまったくの『未知』だ。
フッ、それにしてもあの娘が我輩を一目見た時⋯⋯
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯神⋯⋯⋯様⋯⋯⋯⋯⋯?)
「ククク、フハハハハ!まさか、大悪魔である我輩が神などと思われる日が来ようとは!もし、これをあの憎きプリーストが聞けば不満不平を垂れる姿が目に浮かぶ!」
◐
───────────っと、来たか。
砂漠を自らの庭の様に、縦横無尽に移動し、こちらに近づいてくる。砂漠を上下左右に酷く揺るがし、感知した薄い気配がその姿を現す。
機動要塞デストロイヤーとは正反対なまでに白く、見るからに高い硬度が感じられる装甲。
装甲と装甲の間に輝くオレンジのエネルギー体。
そして、頭部にはあの娘のような単純な紋様が浮いている。
先程の薄い気配はどこへやら、眼前の機械仕掛けの蛇は凄まじい存在感を放っている。
このタイミングで現れたということは──────
機械仕掛けの蛇から円柱の何かが放たれる。
小僧の記憶で見た、『ミサイル』と呼ばれる爆発物によく似ているソレは、一気に打ち出される。
──────狙いはあの娘か。我輩は眼中に無いのだろうか。
「バニル式破壊光線!」
空飛ぶ円柱は、空中で爆発し、辺りに破片を散らかす。
なるほど。あれはミサイルで間違いないらしい。
娘に目掛けて空を切るミサイルを即座に誘爆する。
その後も幾度とミサイルを撃ち落とし続けると、離れていく娘に焦りを覚えたのか、奴は身を捩り震わせ───砂嵐を起こした。
「なんだ、そんなものか」
直後、バニルから発される膨大な魔力の激流に砂嵐は勢いを殺され消滅した。
機械仕掛けの蛇は動きを止め、じっとこちらを見ている。
我輩もまた、静止したまま、相手を視る。
奴には知性がある。力に溺れ、その力を見せしめるように振るう獣ではない。生半可な攻撃では我輩に防がれると理解したか。
さて、どうする。
我輩には、何故この機械があの娘を狙うのか皆目見当もつかない、見通す力も試したがどうにもこの蛇は見通しづらい。
この蛇は話せないのか、それとも話さないだけなのか分からんが、あの娘は唯一の情報源なのだ。街がある事は知っているが、今後の為にも出来るかぎり恩は売っておきたい。
殺されては困る。それだけの話だ。
蛇の頭部がゆっくりとこちらを向く。
頭上に浮かぶ紋様が、淡く輝きを増した。
次の手を考えているのか、あるいはすでに決めているのか。
我輩は静かに両手を構えた。
誘いに応えるように蛇は、再び動き始める。
ミサイルを発射すると同時に、距離を詰めてきた。
破壊光線でミサイルを対処し、横へ跳び突進を避ける。
奴はそのまま砂に潜り、身を潜めた。
残り十数分
娘を運ぶバニル人形が十分にこの蛇と距離を離すまでの時間。必要最低限の時間を稼いて逃げるつもりだったのだが⋯⋯⋯
砂漠が揺れ動く、足元の砂から突き上げるように蛇が現れ、身体を噛み付かれ、そのまま噛み砕こうと力が込められる。
我輩は寸での所で仮面を投げ飛ばし、巻き込まれずに済んだ。
砂の肉体を再構成しながら口を開く。
「そんなに腹が減っていたのか?いいだろう、いいだろう。思う存分喰らい尽くすがいい!」
指を鳴らし、奴が咥えている、抜け殻の肉体を爆発させる。ダメ押しに、奴の体に大量のバニル人形を纏わりつかせ同時に起爆する。
我輩のいる場所まで、強烈な爆破による風圧が届いた。
────む?威力が上がっている?一体どういう事だ?
黒煙が晴れる。奴の姿が見える。
頭部の損傷が最も大きかったがそれでも、多少装甲が歪み、傷ついた程度だ。
硬い。爆破威力が上がった絡繰は分からんが、それを加味しても到底足りない。おっと、再生能力まであるのか。奴を完全に消し去るには少なくとも爆裂魔法以上の火力が必要だろう。
既に、先の爆破などまるで無かったかのように、奴には傷一つ残っていない。
不味いな。
奴の背中から、大量のミサイルが飛び出す。それらを避けつつ蛇に向かって走り抜ける。
そのまま勢いをつけ、加減せず拳を振るう。
アビドス砂漠に衝撃波が走る。
機械仕掛けの蛇へ吸い込まれるような一撃は、側頭部の装甲を粉砕し、大きく仰け反らせた。同時に、バニルも人間で言うところの左手の先から左肩まで完全に弾け飛び、胸部まで大きな亀裂が入っている。
砂埃が舞い上がり、自由落下するバニルを覆い隠す。
蛇は、自らの尾を何度も何度も叩きつけた。叩き、押し潰し、破壊する。蛇からは怒りが見られた。その怒りのまま、口元にバチバチッとエネルギーを溜め収縮し、落下したバニルに『アツィルトの光』を放つ。
当たれば最後、全てを消してしまい、何も残らない。
砂埃すら消えて、
機械仕掛けの蛇の周囲には砂、砂、砂。
アビドス砂漠で行われた、苛烈な戦闘。
その呆気ない幕引きにより、本来のもの寂しい砂漠へ戻る。
もし、あと少し装甲が脆かったら、
もし、あと少しバニルの肉体が硬かったら、
もし、当たりどころが悪ければ、
バニルの一撃は内部まで崩壊を引き起こしただろう。
機械仕掛けの蛇、
『違いを痛感する静観の理解者《ビナー》』は砂の中へ姿を消し、しばしの眠りにつく。
そして何もいなくなった。