ゆえに挑め、万夫不当のオーク
同じなのだ全てのものが、立場も権力も一切の効果を持たぬ、お前たちに迷宮は平等に死を運ぼう。
そして乗り越えたならばあらゆる栄光が多大なる財貨がそして―――――新たなる強敵が貴様らを待つだろう。
すべて殺せ、楽しく進め、願いをもって踏破しろ。
迷宮でならお前たちのの果てなき欲望も満たせよう。
迷宮こそはお前たちの果てなき欲望を超える底の抜けた奈落なのだから。
我は成し遂げたぞ、薄汚れた貧民のガキから王となったのだ。
古き建国の王は両脇いっぱいに多種多様なしゅぞくの美女を並ばせ、酒をラッパ飲みしながら緩み切った顔で言ったそうだ。
酔っぱらいの戯言と侮るなかれ多聞に真実の含まれた言葉だ。
王都西部凶星街、第一迷宮神殿。
冒険者互助組織、通称ギルド。
迷宮への水先案内人たるギルド職員の一人である私はそう思う。
特に迷宮は平等に死を運ぶというところに。
ギルドで働き始めて10年、只人の寿命の10分の一それだけあればいろいろなものを見てきた。
迷宮がもたらす力を求めて、将来有望な貴族の子息が一党《パーティー》を率いて迷宮に足を踏み入れた、初めての探索だった。
二度と帰ってくることはなかった。
富を求めてやってきた意地汚い農奴の少年が武器一つ買えずたった一人迷宮に潜り、幾たびの冒険の末に果てしなき金銀財宝をもって故郷の村に凱旋し、村の土地すべてを、さらには一帯を統治していた貴族さえも買い上げた。
この世で最強と謳われたテンタリス王が数多の英雄を引き連れ、万全の準備をもって迷宮に臨んだ。
500回目を超えたその探索は誰もが成功すると信じてやまなかった。失敗することなど誰も考えたものはいなかった。
探索開始から一時間誰もが普段の生活をしていた。
一日目幼い王子が王のいない王城を楽しく駆け回った。
二日目王妃が寝不足から解放され王子と遠乗りに出かけた。
三日目迷宮の中で王国の至宝、王鍵《レガリア》を強く抱きしめたまま死んでいる王の亡骸が発見された。
四日目王の葬式が開かれ、王都の民の顔には涙があふれた。
五日目王子は王冠を被った。あまりにも大きすぎた。
そして今、敗者を容赦なく飲み込み、勝者に絶対の栄光を与えてきた迷宮に挑むべく、新たなる冒険者候補が目の前にいる。
濡羽のような黒い髪、卑屈そうな黒い瞳。背丈は私を超えない程度前を向けば無理なく目と目が合う身長だろうがあまり目を合わせてはくれない。
その原因のもじもじとした恥じらいの態度からは見た目以上に幼い印象を感じるが、それを除いても15歳前後だろうか。
見た覚えのないデザインだが布地も拵えも上等な服を着ている。ぶかぶかのそれは盗んだのかとも一瞬疑ったがよく着こなしている。その線は薄いだろう。
態度からは田舎出の少年感がぷんぷん匂うが筋肉の付きの悪いその体からは農耕の民の泥臭さを感じない。
総じて判断するとどこかの田舎貴族の不義の子が恥としてどこかの屋敷にでも軟禁同然に隠されていたが、お家騒動のごたごたで逃げ出せたといったところだろう。よくあることだ。
「こんにちは、なんの御用でしょうか」
「仕事を探しに来ました」
「冒険者になりに来たでは無くですか」
珍しい話だ、このギルドに来るものは大半が迷宮のもたらす恩恵を求めた冒険者かその希望者なのだが。
仕事の斡旋マニュアルにはどう書いてあったか、思い出しながら話し出す。
「鑑定は受けてこられましたか」
「はい、このゲームのステータスみたいなものをもらいました」
茶色の羊皮紙を彼は差し出してくる。
ばっと紙を押し返した。
「それは他人に見せてよいものではありませんよ」
予想が補強されてしまった、あまりにも常識がなさすぎる。
鑑定結果とはその人の歩んできた人生そのものだ、一部向いていることなどはともかくすべてをそのまま人に見せるなど今どき田舎の農民でもしない。
「ほかに誰かに見せましたか?」
「鑑定してもらった若い男の方に、ほらあの人です」
きょろきょろと視線を神殿内に彷徨わせた後、丸テーブルに座る汚い無精ひげを生やした野盗めいた年を重ねた冒険者と話し込んでいる中年の男を指刺した。
銀星ランク。しかも新人いびりで名の知れた男だ。あの話し込みよう、鑑定結果に何か光るものを見つけたのだろう。この子が冒険者登録しようとした瞬間、根こそぎ搾り取られる未来が見える。
にしてもこの子はひどい運をしている。最初に私のところに来たならもう少し良いスタートが切れたでしょうに。
これでは屋敷で軟禁されていた方がよかったかもしれませんね。
まあ、過ぎたことはどうしようもないことです。
冒険者にならないものがどうなろうと私には関係ないこと手早く終わらせてしまいましょう。
「こちらの書類に記入をお願いします。文字は読めますか?」
「えっと、無理です」
「そうですか、では代筆しますのでお名前を教えてください」
「西条幸隆です」
「ユキタカ様ですね」
「どちらの出身ですか?」
「えっと、異世界の日本ってところです」
「言えないと、では空白にしておきます」
「一応聞きますが、王都での犯罪歴はお有りですか」
私は彼の肩が上がるのを見逃しませんでした。
「なにか、お有りのようですね。話してください、話さなくても憲兵に問い合わせをしますので無駄なことです。素直に話しておくことをおすすめします」
「はい…その、昨日大通りの広場で全裸になって大騒ぎを」
………この子、何やってるの。
「それは、またなんとも。いえ、朝に聞きましたね白昼堂々露出魔が出て憲兵相手に大立ち回りしたと」
「はい、それが俺です」
「迷宮上がりもいた筈ですがよくもまあ、ですがそういうことなら紹介できる職業はたったひとつになります」
「なんですか」
犯罪歴の話から露骨に肩を落としていた彼は、希望を得たりとばかりにカウンターに身を乗り出して聞いてくる。
「冒険者です」