あの受付嬢めっちゃ美人だった。
まだドキドキが止まんねーんだけど、どーすんだよこれふざけんな。
あーもう、あんな笑顔向けてくれるとか俺のこと好きだろ。間違いなく。
おすすめ通り冒険者なっちゃおっかなー。
「馬鹿が、ちげーだろ、ちょろすけが」
馬鹿な気を消すためにパンと頬を叩く、強く叩きすぎてジンジン痛むがそのぐらいが気付けにはちょうどいい、これで少しは物事を考えられる。
にしてもなんだあの冒険者って仕事は、やくざの鉄砲玉でもまだましだぞ。だいたいダンジョンに潜るのが仕事だっつてたけどよ。初めての探索に入ったやつのだいたい半分が死ぬってなんだよ。
冒険者登録しますかって聞かれて怖くてトイレに逃げ出してきちまったじゃねーか。
いや、一回入ればダンジョンに入らなくても依頼として仕事割り振りできるようになるから生活できるとは言ってたけどよー。けどさー俺みたいな40のおっさんが入ったら一発KO仲良く死人の仲間入りじゃねーか!!!
でも俺に選択肢ねーよなだってあんな公衆の面前で全裸になった犯罪者だぜ、どこが雇ってくれるんだよ。
鑑定っての受けりゃお決まりの異世界パワーやらチートやらでどうにかなるかもと思ったけどよ。そう都合よくはいかねぇみてぇだな。このステータスって薄汚い茶色の紙何語で書かれてんだよ、読めねーよ。
なんか身体能力とか得意分野とか書いてあんだろ、それは会話内容から分かったけどさ、読めねんじゃ何にもなんねーよ。
聞こうとしたら、鑑定してくれた若いのは驚いた顔でどっか行くし受付のねーちゃんは突っ返してくるしよ。
てかわけーのなんか言ってたなお若いですからね、鑑定を受けるのが初めてでもおかしくないですよ、だあー。
嫌味かこのくたびれたおっさん相手に肌なんか水分失ってガサガサだぞ。髪もちょっとずつ後退が始まってるしよ、ストレスでがぶ飲みした酒のせいで盛り上がったビール腹まで抱えてんだぞこっちは。二十歳の時化粧水やら気を付けときゃよかった。
でもこのおべっかでどうにか生き抜いてきた俺の勘はわけ―のが嘘ついてるわけじゃねーって叫んでんだよなー。
どういうこっちゃ。
疑問に思った俺は洗面台に備え付けられた鏡をのぞいてみたんだ。
「あっ…誰だお前――――――はあああああああああああ」
ベタベタ顔を触って、鏡の中の男が同じ動きをしても信じきれねぇ。呆然自失というやつだ。
鏡に映りこんでいたのはいつか遠い過去に見た自分自身。
思い出すのは齢十六あの高校二年生の春、あかねが差し込んでくる空き教室で好きになった女の子に部活動の練習の声が鳴り響いてるうるさい中でも精一杯聞こえるようにと勇気と大声を出して告白した放課後、そのちょっと後、走って入ったトイレの鏡に映ってた泣きじゃくった俺の顔そっくりだ。
こっこれが異世界、これがチート。まさか人類の夢若返りが叶うとはがさついてた肌がぴちぴちになっとる。髪なんかふさふさのふさだ。腹も出てねーこれはビールを飲まなければ維持できるのでは。
この若さならこのぴちぴちボディーならどっか商店でも鍛冶屋とかでも働けるんじゃね、犯罪なんて若さの前じゃちょっとしたことだろ。
頼みこめば行けるって、直談判だ。
ラッキー、異世界様バンザイ!
「ごへっ」
横からきた衝撃に耐えきれず倒れこんだ。
トイレの誰のしょんべんが散ってるともしれない便所床に。
怒りのまま下手人に怒鳴り散らそうと顔をあげれば、首筋に銀のひらめきが輝いていた。ツーっと赤い血潮が指筋をつたって落ちていく。
「よっお坊ちゃん、冒険者になれよ」
そう言った男は不敵な笑みを浮かべていた。
無精ひげを生やした小汚い中年のおっさんといった風貌に同族意識がわきそうになるがそんなもの革鎧越しにもわかる引き締まった体を見れば一瞬で霧散する。
「何黙ってる返事は喜んで、だろ」
首筋にあてられた刃が食い込んでくる。
ふざけるなこんな脅しに屈する俺じゃない、こんな暴力は許されるはずないんだ日本なら…異世界サイテー!!!!
できるだけ恐怖で引きつらないように顔になじんだ媚び媚びの笑顔を浮かべて俺はもちろんこう言った。
「喜んで!」
――――
背後で存在感を放ち続ける刃に怯えながら俺は周囲を見回した。
地面は延々と続いて見える真っ白な石畳の道、壁には無数の結晶その中には剣や盾、もっと言うと死体までも入っている。種族を問わずにトカゲのような人型の怪物リザードマンもいれば粗末な服を着た男もいる。だが一つ共通点を見つけた、生物はみな苦しみの表情のまま閉じ込められているということである。
ここはもうダンジョン内だそうだ。
転移結晶と呼ばれていた、宙に浮かぶ青いクリスタルに触れると神殿内部からこの場所まで足先から少しづつポリゴンのように分解され、全身に及びきるといつの間にかたどり着いていた。
分解されるなか俺ののどからは支離滅裂な言葉が垂れ流されていたことは黙っておくとともに腰まであっという間に分解されてよかったとおもう。
今の年齢になってまで危うくしょんべん漏らすとこだった。
「おら、進めよ喜んでくん」
「はい」
怖い、ダンジョンに入ったのが一人ならこの場所への恐怖を覚えていたんだろうが壁の死体とか気にならないぐらい後ろの野盗じみた男が今はとにかくめちゃんこ怖い。
短剣の刃はいつでも首を掻っ捌けるようにしてあるのがわかる。わかるのは特別俺の感覚が鋭いとかではなくひゅんひゅんという風切り音とともに首筋を風が触り続けているからでつまりこの野盗のような男はずっと俺の首のすぐそこで短剣を振り回し続けているのである。後ろ髪はザックばらんな大変見苦しいことになっているに違いない。こんな奴と二人きりなんて俺が何したんだよ。
「あの、短剣を振り回すのをやめてもらえませんでしょうか」
「黙って、歩け」
なけなしの勇気を振り絞って出した要求への答えは足蹴にされることだった。
要求が通ることがないと分かったならもう歩き出すしかない。黙ってと言われたらはいも言っちゃいけないから無言で。
足を進めてみるが一歩踏み出すのもひどく疲れる。精神面の問題もあるんだろうが最大の理由は無理やり着させられた鉄鎧や大きな金属製の盾に槍が重いからだ。
「ほらいっちに、いっちに。早くいかないと死んじまうぞ」
やかましいわ、こちとら鉄鎧なんて初めてなんじゃと言いたい…言えたらいいのに。やめろ短剣をもっと近くで振るんじゃない、切っ先が当たってるだろそれはもう。
「ここはな、上級ダンジョントカゲの水晶棺って言ってな。それは数ある迷宮の子供の中でももうとびっきり実入りの悪いことで有名なダンジョンでな。とにかく一本道で魔物との戦闘は避けられねーし、周りにある水晶は外に出れば粉になっちまう。それなら中の武器や死体をと思えばこれこそ水晶を割った瞬間跡形もなく消えちまう」
こちとら歩くだけで精一杯だし、鎧のガチャガチャ音で何言ってのかよく聞こえんわ。
「だが一つだけ例外があるんだぜ、なんだと思う。…おっと喜んでくんが答える前に答えが来ちまった」
天井から一匹のリザードマンが水晶を透過しながら這い出して来た。自由落下のまま地面に降り立つと意味不明な絶叫をあげながら猛スピードでこっちに向かってくる。
「ほら、盾構えろ槍も上げるしくじれば死ぬぞ」
俺が殺すの間違いか?リザードマンが出てきてからずっと短剣を首にあててんじゃねーよ。
後ろも死、前も死。ふざけんななんで俺は味方にまで殺されそうになってんだ。
「やってやらー」
盾を構えて走り出すこのままじゃ盾で受けた瞬間の衝撃で首に短剣が刺さってお陀仏。なら走って盾で一発受けてそのまま槍で突き刺す。
「おりゃーーーー!!」
本能のまま振るわれる鋭い爪の横ぶりを俺は確かに受け止めた。
「ぐっおおおおおお」
だが見通しは甘かった。
あまりの衝撃に槍をつく間もなく吹き飛ばされた、浮遊していたのは数秒か数十秒かわからない景色がスローに見えたからだ。だから次にすべきことも少しは考えられた。
リザードマンの追撃を受けるわけにはいかないこんなの体に当たったら鎧は無事でも中の体が耐えられない。
着地の衝撃で痛む体を無理やり起き上がらせて見えたのはぽいと投げ捨てられるリザードマンの死体だった。