拗らせ童貞社畜の24時間働ける異世界迷宮   作:倉咲

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脅迫と水晶迷宮その2

 リザードマンの硬い鱗に覆われた首筋からは切られたことを今思い出したように赤い血潮が流れ出し、最後には全身が霞のように消えていった。

 

 それを見送った直後、体の奥に異様な熱を感じた。

 心臓から血流を伝って体の末端まで伝わっていく。熱は隅々まで浸透し尽くしいらないものを押し出すようにに体に発汗を強制させ始める。

 せっかく起き上がらせた体が崩れるように地面に倒れそうになって慌てて手をついて倒れることだけは阻止した。

 

 熱が治まるころ俺の何かが変わっていた。

 変わらないはずの何かが、クソブスで童貞を卒業したような不愉快で死にたくなる気分だ。

 そこに男の不快そうな声が響く。

 

「しくじれば死だ、つったよな俺は」

「くっ」

 

 こいつマジか、短剣投げつけてきやがった。金属の盾なのに半ばまで刀身が刺さってやがる。盾で防げなけりゃまず間違いなく死んでいた。

 

 従っておけば命は助かるかもと思ってたが、このままこいつと一緒にいたら殺される。童貞卒業もできないまま死ぬぐらいなら…先に俺が殺してやる。

 

「なにするんですかーやめてくださいよー」

 

 笑顔で近づいて殺す。笑顔で近づいて殺す。笑顔で近づいて殺す。大丈夫俺ならやれるくそ課長のおかげで作り笑いは慣れ切ってる。

 気分は最悪だが、体はすこぶる調子がいい。

 リザードマンから受けた痛みもいつの間にか引いている、それどころか先ほどより明らかに鉄の鎧が軽い動くのもままならなかったのが嘘のように体がなめらかに動く。

 後は心構えだけ人間相手でもためらうな刺すだけだ。いや違うこいつを人間と思うなさっきのリザードマンと同じだ。話の通じない怪物そう思え。

 

「おおおおおおおおお」

 

 無防備で近づかせてくれた髭ずらにためらいをかき消す雄たけびとともに渾身のシールドバッシュを見舞って視界を塞ぎつつ腹に槍をぶち込んだ。

 確かな手ごたえに安堵とともに腹から胃液がこみあげ、手が震える。

 人を殺した罪悪感に俺の体は無意識に拒絶反応を起こしていた。

 

「レベルアップで気が大きくなったようだな、ガキ」

 

 もろに槍を受けた筈の男は平然と声を上げた。

 殺せていなかった恐怖と殺してしまわずに済んだ安堵の板挟みで自然と俺の足は逃げるように後退りしていた。見れば手応え通り確かに槍は革鎧を貫通していた。でもそれだけだ、血も出ていなければ皮膚にちょっとした傷すらない。

 

「なんで、なんでだ。槍は届いている、革鎧を貫いてるだろ。人間の皮膚で止まるなんてそんなことあり得ないだろ」

「俺のような上級冒険者はそんななまくらの槍で傷を負うほど生易しくねぇーんだよ」

 

 逃げたい、でも逃げられない。

 こんな鉄鎧着てたんじゃ逃げ切れるわけない。くっそ俺を捕まえるのに手間取ってた憲兵共の気持ちを味わうことになろうとは。

 

「やってやる、殺してやる。こんなもん100連勤に比べればどうってことねぇ」

 

 盾を捨て槍を両手で構えた。

 あいつは短剣一本だけリーチはこっちが上だ、筋肉の薄い喉を刺し殺す。これでダメだったらもう終わりだ、絶対に決める。

 

「生意気な目だ。教育してやるよ、徹底的に今後一切逆らうなんて考えが思い浮かばないようにな」

 

 男は一瞬で消えた、槍を振る暇なんてなく右手に短剣が突き刺さりもう槍を握れなくなった。

 そこからは蹂躙だった。

 

「おらおら、どうしたこのまま死んじまうか」

 

 右手に刺さった短剣を引き抜かれ、左足の肉を削がれて自力で立つことができなくなった。次は右耳から短剣が頭に入り込んで脳がクラクラした。そのまま鎧などないかのように体に裂傷が刻まれていく。

 

「土下座して謝ればまだ生きられるかもしれないぜ」

 

 抵抗の意思なんてもう挫けていたが、謝ろうとしても出るのは言葉の意味をなさない呻き声だけ。

 切り付けられる手が緩んだ時にどうにかごめんなさいを言えかけたがその瞬間狙ったように喉を切りつけられて声が出なくなった。一瞬の希望は幻だった。

 

 全身が痛んでもういまどこを切られ刺されたのか分からない。右目は潰されて、左目は血が入り込みすぎて光を映さなくなった。

 血が流れすぎた終わりが近づいていてくるのがよく分かる。それでもこの地獄から逃げられるのならば死も受け入れられた。

 

 パッと視界が開ける、潰された筈の右目が光を捉えた。潰れていたものがいきなり戻ったから酷く眩しくてよく見えない。

 それでももう終わったんだと安心と幸福が脳裏を埋め尽くした。

 

「終わったんだ、ここが天国か」

「よう、残念だったな。テメェはそんないいとこ行けねぇよ」

 

 眩しさに慣れた目には絶望が映った。

 

「ああああああああ、そんな嫌だ嫌だ嫌だ」

 

 喉から迸る悲鳴を遠く聴きながら、目の間に映る嗜虐的な笑みを浮かべた人型の絶望を呆然と眺めるしかなかった。

 程なく拷問は再開された。死という希望にすら縋ることが許されず、死にそうになる度に腰につけられた瓶から緑の液体を被せられ、死の救いから地獄へと呼び戻された。

 

 何度も何度も行われる拷問の手口は酷く手慣れたもので喉を刺され、自分の血に溺れそうになろうが心臓を抉られようが決して死なせてはくれない。

 

 人の死を嗅ぎ分けるように致命傷を避け痛みと恐怖だけを体に刻みつけられ続けた。

 

 

 

 

 

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