英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした 作:TSメス堕ちいいよね…
傷口から血が零れ落ちる。同時に、命も。零れ落ちていくのだと、悟ってしまった。
「う、ご、お、おお……!」
視界がかすむ。色彩が抜け落ちていく。
だが、ぼやけた視界の先に、その二人はいるのだと確かに感じた。
――勇者、アルフレッド。
――聖女、リシェル。
人間界の希望にして、魔界への侵略者。その二人が肩で息をしつつも、五体満足で立っていることが、どうしようもなく癪に障った。
「おの、れ……」
呪詛を吐こうとして、代わりに血が溢れだす。もはや魔力は残っておらず、絶命を待つだけの己に何一つ出来ることは無かった。
――最後にその魔族――魔王軍幹部が一つ、断罪のラプタリス――は、小さなうめき声をあげて絶命した。
☆
とある農村で、その少女は生まれ育ちました。
王都から遠く離れた、名もなき小さな村。
麦畑と石畳、素朴な家々。穏やかな土地。
少女は同年代の誰よりも早く言葉を覚え、年上の少年少女よりも早く、魔法を覚えました。
だから少女は『天才』と、そう呼ばれるのにさほど歳月は掛かりませんでした。
しかし天は少女に二物を与えませんでした。神様は残酷です。少女は天性の才能の代わりに、両親を失いました。
千年戦争。
人と魔が世界の境界線を奪い合う戦争で、少女の両親は帰らぬ人となったのです。
両親亡き後、彼女は教会が運営する孤児院へ引き取られました。
そこでも少女は才能を発揮し、パラディンの養成機関へと身を移します。
そこに居るのは、孤児に限らず、教会が世界中から集めた黄金の雛鳥達でした。少女が村でそう呼ばれたように、『天才』と呼ばれる子供が凡庸になってしまう厳しい世界。
そこでも少女は『天才』でした。
文武魔全てにおいて優れた彼女は、遂に頂へと手を触れます。
聖女の証。聖杖ルミナス・レガリアを手にした瞬間。
少女――聖女リシェル――いいや、魔族、断罪のラプタリス――は、
☆
聖杖ルミナス・レガリアに触れた瞬間、焼けつくような奔流が
それは聖女の魂と世界の記録とを、強制的に照らし合わせる儀式。
光が、記憶を暴き出す。
血に濡れた戦場。
黒き翼。
魔族たちの咆哮。
そして――
勇者アルフレッドの剣が、己の胸を貫いたあの瞬間。
「……あ」
私の喉から、音が零れた。
周囲は歓声に包まれている。
聖女誕生の祝福。鐘の音。祈り。
だが私の視界だけが、別の色に染まっていた。
――断罪のラプタリス。
それが、かつての名。
魔王軍幹部筆頭。
千の戦場を焼いた将。
人類圏を最も脅かした魔族。
そして――勇者に討たれた、敗者。
(……ふざけるな)
胸の奥で、黒い感情が蠢く。
なぜ自分が聖女なのか。
なぜ人類の希望として生まれ直しているのか。
神の悪趣味か。
それとも罰か。
私は静かに、自らの掌を見る。
白い。
細い。
かつて自分が握っていた大剣とはまるで違う。
だが。
魔力の質は知っている。
これは神聖属性。
魔を滅する力。
つまり。
(今の私は、私を殺せる存在か)
笑いが込み上げる。
ぞっとするほど静かな笑みだった。
「リシェル様?」
周囲の司祭が戸惑う中、私はゆっくりと顔を上げる。
「……何でもありません」
完璧な聖女の微笑。
演技ではない。
もはや本能だ。
人間として暮らした十六年は、完璧な聖女として完成させられていた。
聖女の笑顔を模した仮面など、造作もない。
(勇者アルフレッド)
その名を思うだけで、胸の奥が焼ける。
憎悪か。
執着か。
それとも――
疑問は、怒りよりも深い。
その答えを知るには、近づくしかない。
だが問題が一つある。
神託は既に下りている。
“魔王討伐のため、聖女は勇者と共に旅立つべし”
今代の勇者。
名は――
「アルフレッド様が、王都に到着なさいました!」
司祭の声が響いた。
空気が張り詰める。
運命が、再び回り始める。
リシェルは静かに息を吐いた。
(面白い)
殺された側が聖女。
殺した側が勇者。
そして討伐対象は――魔王。
かつての自分の主。
かつての自分の部下たち。
そして――かつての己自身。
(ならば見せてやろう)
鐘が鳴る。
王都の門が開く。
再会の時が、迫っていた。