英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした   作:TSメス堕ちいいよね…

2 / 6
2.出会い

 ――勇者アルフレッド。

 

 どこにでも埋もれてしまいそうな、くすんだ赤髪の男だった。

 民間の剣士ギルド所属で、出身もどこかの農家……畜産? ……どちらかは忘れたが、やはり特徴のない男である。

 

 だがその剣の冴えだけは別格。

 聞くところによると、初めて剣才を発揮したのは国王主催の剣技大会だとか。

 

 その剣技大会で優勝したのは当然のことだったが、どうやら大会自体は出来レースの予定だったらしい。危うく恨みを買って暗殺されかけたものの、返り討ちにしたことで、奇妙にも脚光を浴びることになった。

 

 それから近衛騎士として召し上げられ、遂には勇者選定の剣の挑戦者にも選ばれる。

 そして、見事彼は勇者となった。

 

 

 ――その男が今まさに、教会の扉に手を掛けようとしてる。

 

 

 知らず手の内にある、聖杖を握り込む。

 

 重厚な扉は、白百合と金糸のリボンで飾られていた。磨き上げられた真鍮の把手は、朝の光を受けて柔らかく輝いている。中からは、静かなオルガンの音色が流れてきた。厳かで、祝福に満ちた旋律。

 

 深く息を吸う。

 肺が痛むほどに。

 

 ゆっくりと、扉が押された。

 

 軋む音と共に、光が溢れた。

 色とりどりのステンドグラスから差し込む七色の光が、彼のくすんだ赤髪を淡く照らす。それはまるで、男であるのにも関わらず、花嫁のヴェールのようで――。

 

 参列者たちが一斉に振り向く。

 ざわめきは、すぐに静寂へと変わる。

 

 白を基調に金の縁取りが施されたプレートメイル。胸元には王家の紋章が付けられ、真紅のマントを留めていた。そして腰には選定の剣と、冒険者然とした短剣が提げられていた。

 

 今の彼を、どこの馬の骨とも知れない田舎剣士とは誰も言うまい。

 

 そう。彼はまさに、今この瞬間、誰よりも勇者だった。

 

 一歩一歩、彼は赤い絨毯を踏みしめ近づいてくる。静まり返った堂内に、金具の触れ合う微かな音だけが響く。

 

 喉を鳴らそうとして、とっくに喉がカラカラになっているのに気がついた。

 動悸が激しい。かつて、いや、つい先ほど殺されたのを思い出しているのだろうか。酷く緊張している自分がいた。

 

 そして彼は澄んだ青色の瞳で私を射貫きながら、私の目前で止まる。同時に、彼は片膝をついて跪く。

 

「勇者――」

 

 耳を通し、澄んだ声が脳髄を震撼させていく。

 

「勇者アルフレッド。ここに参上致しました」

 

 彼は宣言する。そして私は、ごく自然に言葉を返した――。

 

 

 

 

 

 

「勇者アルフレッド。あなたは、この国のすべてを背負い、闇を祓うことを誓いますか」

 

 鈴の音のような調べが、頭上から流れ落ちる。

 

 祭壇の前に立った、白銀の法衣を纏った聖女エリシアが宣ったのだ。

 

 法衣よりも輝く白銀の髪は、シルクよりも遥かに滑らかに見えた。

 琥珀色の瞳は如何なる宝石よりも美しく、揺らぐ灯火のように温やかな光を湛えている。

 

 その睫毛が伏せられるだけで祈りのように慎ましく、微笑めば春の陽光が差したかと錯覚する。

 

 透き通るような白い肌は、ステンドグラスの七色を柔らかく受け止め、まるで彼女自身が祝福の源であるかのように淡く輝いた。

 

 細く整った指先は聖典を支え、その仕草一つで場の空気さえ静まる。

 

 美しい――という言葉では足りない。

 それは人が抱く憧憬であり、祈りであり、そして赦しそのものの形だった。

 

 その彼女への誓いは、正しく神前の誓いと同義。

 アルフレッドは、一瞬だけ目を閉じる。

 

 そして、目を開く。

 

「……誓います」

 

 その声は小さい。だが教会の天井高くまで、確かに響いた。

 そして誓いと共に、腰に差した選定の剣を差し出す。

 

 その際伏せていなければならない視線を、ほんの少しだけ上げてしまった。

 

 意図したわけではない。

 ただ、確かめたかったのだ。

 

 その誓いが、誰に向けられているのかを。

 

 琥珀色の瞳が、真正面から彼を見ていた。

 

 逃げ場のない距離だった。

 

 思考が停止する。考えが纏まらない。どうしようもなく――胸が高鳴る。

 

 だが、そこにあったのは、慈愛。

 誰をも拒まぬ聖女の微笑。

 ――そして、それ以上でも、それ以下でもない完璧な静謐。

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけ、エリシアの睫毛が揺れた。

 

 七色の光がその瞳に差し込み、宝石の奥に炎が灯ったように見えた。

 

 エリシアは差し出された選定の剣へと手を伸ばす。

 細い指が柄を包むと、まるで剣が彼女を待っていたかのように淡く震えた。

 

 ゆっくりと、剣が抜き放たれる。

 

 澄んだ音が、教会の天井へと昇っていく。

 

 アルフレッドは再び視線を落とした。

 遅すぎた自覚が胸を過る。

 

「勇者アルフレッド」

 

 剣の腹が、彼の右肩へと触れる。

 

 冷たいはずの鋼が、焼けるように熱い。

 

「その身をもって闇を祓い、その剣をもって民を守れ」

 

 左肩にも触れる。

 

「今この時より、汝は勇者なり」

 

 鐘が鳴り響く。

 

 祝福の音。

 それはまるで婚礼の鐘のようであり、同時に戦の号砲のようでもあった。

 

 アルフレッドはゆっくりと立ち上がる。

 

 顔を上げる。

 

 その瞳は、もはや伏せられてはいなかった。

 

 琥珀色と、再び視線が混じる。

 

 その瞬間、それはほんの僅かな交差でしかなかったけれど、アルフレッドには、永遠かのように思われた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。