英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした 作:TSメス堕ちいいよね…
――勇者アルフレッド。
どこにでも埋もれてしまいそうな、くすんだ赤髪の男だった。
民間の剣士ギルド所属で、出身もどこかの農家……畜産? ……どちらかは忘れたが、やはり特徴のない男である。
だがその剣の冴えだけは別格。
聞くところによると、初めて剣才を発揮したのは国王主催の剣技大会だとか。
その剣技大会で優勝したのは当然のことだったが、どうやら大会自体は出来レースの予定だったらしい。危うく恨みを買って暗殺されかけたものの、返り討ちにしたことで、奇妙にも脚光を浴びることになった。
それから近衛騎士として召し上げられ、遂には勇者選定の剣の挑戦者にも選ばれる。
そして、見事彼は勇者となった。
――その男が今まさに、教会の扉に手を掛けようとしてる。
知らず手の内にある、聖杖を握り込む。
重厚な扉は、白百合と金糸のリボンで飾られていた。磨き上げられた真鍮の把手は、朝の光を受けて柔らかく輝いている。中からは、静かなオルガンの音色が流れてきた。厳かで、祝福に満ちた旋律。
深く息を吸う。
肺が痛むほどに。
ゆっくりと、扉が押された。
軋む音と共に、光が溢れた。
色とりどりのステンドグラスから差し込む七色の光が、彼のくすんだ赤髪を淡く照らす。それはまるで、男であるのにも関わらず、花嫁のヴェールのようで――。
参列者たちが一斉に振り向く。
ざわめきは、すぐに静寂へと変わる。
白を基調に金の縁取りが施されたプレートメイル。胸元には王家の紋章が付けられ、真紅のマントを留めていた。そして腰には選定の剣と、冒険者然とした短剣が提げられていた。
今の彼を、どこの馬の骨とも知れない田舎剣士とは誰も言うまい。
そう。彼はまさに、今この瞬間、誰よりも勇者だった。
一歩一歩、彼は赤い絨毯を踏みしめ近づいてくる。静まり返った堂内に、金具の触れ合う微かな音だけが響く。
喉を鳴らそうとして、とっくに喉がカラカラになっているのに気がついた。
動悸が激しい。かつて、いや、つい先ほど殺されたのを思い出しているのだろうか。酷く緊張している自分がいた。
そして彼は澄んだ青色の瞳で私を射貫きながら、私の目前で止まる。同時に、彼は片膝をついて跪く。
「勇者――」
耳を通し、澄んだ声が脳髄を震撼させていく。
「勇者アルフレッド。ここに参上致しました」
彼は宣言する。そして私は、ごく自然に言葉を返した――。
「勇者アルフレッド。あなたは、この国のすべてを背負い、闇を祓うことを誓いますか」
鈴の音のような調べが、頭上から流れ落ちる。
祭壇の前に立った、白銀の法衣を纏った聖女エリシアが宣ったのだ。
法衣よりも輝く白銀の髪は、シルクよりも遥かに滑らかに見えた。
琥珀色の瞳は如何なる宝石よりも美しく、揺らぐ灯火のように温やかな光を湛えている。
その睫毛が伏せられるだけで祈りのように慎ましく、微笑めば春の陽光が差したかと錯覚する。
透き通るような白い肌は、ステンドグラスの七色を柔らかく受け止め、まるで彼女自身が祝福の源であるかのように淡く輝いた。
細く整った指先は聖典を支え、その仕草一つで場の空気さえ静まる。
美しい――という言葉では足りない。
それは人が抱く憧憬であり、祈りであり、そして赦しそのものの形だった。
その彼女への誓いは、正しく神前の誓いと同義。
アルフレッドは、一瞬だけ目を閉じる。
そして、目を開く。
「……誓います」
その声は小さい。だが教会の天井高くまで、確かに響いた。
そして誓いと共に、腰に差した選定の剣を差し出す。
その際伏せていなければならない視線を、ほんの少しだけ上げてしまった。
意図したわけではない。
ただ、確かめたかったのだ。
その誓いが、誰に向けられているのかを。
琥珀色の瞳が、真正面から彼を見ていた。
逃げ場のない距離だった。
思考が停止する。考えが纏まらない。どうしようもなく――胸が高鳴る。
だが、そこにあったのは、慈愛。
誰をも拒まぬ聖女の微笑。
――そして、それ以上でも、それ以下でもない完璧な静謐。
一瞬。
本当に一瞬だけ、エリシアの睫毛が揺れた。
七色の光がその瞳に差し込み、宝石の奥に炎が灯ったように見えた。
エリシアは差し出された選定の剣へと手を伸ばす。
細い指が柄を包むと、まるで剣が彼女を待っていたかのように淡く震えた。
ゆっくりと、剣が抜き放たれる。
澄んだ音が、教会の天井へと昇っていく。
アルフレッドは再び視線を落とした。
遅すぎた自覚が胸を過る。
「勇者アルフレッド」
剣の腹が、彼の右肩へと触れる。
冷たいはずの鋼が、焼けるように熱い。
「その身をもって闇を祓い、その剣をもって民を守れ」
左肩にも触れる。
「今この時より、汝は勇者なり」
鐘が鳴り響く。
祝福の音。
それはまるで婚礼の鐘のようであり、同時に戦の号砲のようでもあった。
アルフレッドはゆっくりと立ち上がる。
顔を上げる。
その瞳は、もはや伏せられてはいなかった。
琥珀色と、再び視線が混じる。
その瞬間、それはほんの僅かな交差でしかなかったけれど、アルフレッドには、永遠かのように思われた。