英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした 作:TSメス堕ちいいよね…
「よ、よろしくお願いします……」
「あ、ああ。こちらこそ……」
気まずい沈黙が落ちた。
改めて、という訳で。挨拶を交わしたのだが。
ここは王都に最も近い農村の一室。ここまで来て、ようやく二人きりになったのだ。
何せ見送りが長蛇の列となり、まったく途切れる様子が無かったのだ。歓声雷動は天まで轟き、私たちの後ろにはパレードがまるでこのまま魔王城までついて来るのではないかと思えるほどの勢いでピタリとついてきたのだから。
それはともかく。
やっと二人になれた……いや、なってしまったという表現の方がふさわしいか。ここに来てようやく、私は自身の指針を考えられるようになった。
まず以て、どのように魔族軍に合流するかを考える必要があるだろう。
魔族側にも人間はいる。だがそれは魔を宿す者か、契約で縛られた者だけだ。
なるならば後者なのだろうが、あれは不平等な契約の許に成り立っている。だからできれば避けたい。
しかしこの身でただ行っても罠を疑われるだけだろう。なにより――
「……」
目の前でこちらを見つめる男――勇者アルフレッドをどうするか。それが一番の問題だった。
「……」
「……」
「…………あの」
「! は、はい何でしょうか聖女リシェル様!」
いや、この見つめ合いは何だったのだと――
(――まさか、疑われている?)
何という事だ。流石は勇者と呼ぶべきか。この十六年で培った聖女のフリを看破するとは。
(いや、落ち着け、まだ疑惑の段階の筈だ。そうでなければ既に弾劾している筈。落ち着け)
まさかアルフレッドが見惚れていただけなんて事実に思い当たる筈も無く、リシェルの妄想は続く。
(そうだ、まだ疑惑の段階だ。いや、そうなると下手には動けん。暫くは聖女らしく振る舞う必要があるな)
「あの、聖女様? お加減が優れないのでしたら今日は一日お休みになっては如何でしょうか?」
「――! い、いえ! だいじょうぶです! ほら、この通り!」
そう言って袖をまくり、力こぶを作ってみせる。
しかし現れたのは頼りない白い腕だけで、それでは大した成果は得られなかったのか、勇者の目を泳がせるだけに留まった。
「こ、こほん。そういうわけで、
「承知しました。ですが、無理はなさらないでくださいね」
これ以上の言及をするつもりはないのだろう。勇者は大人しく引き下がった。
(とはいえこのまま旅を続けて良いものか)
このまま黙って隣を歩いているだけでは、信用は得られない。
(まあ、でも…)
ただ、幸いというべきか、疑惑を晴らす機会は十分にありそうだった。
そっと立ち上がり、扉に手を掛ける。そして勢いよく引いた。
「あ、わわ……!」
扉に耳を付けていた少年が、急に支えを失い部屋に転がり込んでくる。勇者も存在には気がついていたのか、驚く様子はなかった。
「聞き耳を立てるのはお行儀が良くありませんよ?」
「ご、ごめんなさい!」
しゃがみ、手を差し伸べると。少年は耳まで真っ赤にして謝罪の言葉を口にした。
(そこまで恥ずかしかったのか……?)
「それで、君、何か用があったのかな?」
勇者が私に代わり、用件を聞きだす。この少年、ただの出歯亀でないことは、気配で分かっていた。少年は急いで立ち上がると、真剣な眼差しで言った。
「ゆ、勇者様と聖女様にお願いがあって来ました――!」
少年がたどたどしく言うには。
今朝家畜の世話をしようと、愛犬のコーダを呼びに行ったところ、居なくなっていたという。
少年は拳を握りしめ、震える声で続けた。
「森の方から、遠吠えみたいな声が聞こえて……でも、いつもと違って、すごく苦しそうで……。村の大人たちは最近は魔物が出るって言ってて、近づくなって……でも、コーダはまだ子どもで……っ」
ぽろりと、涙が落ちる。
その様子を見て、私はそっと考え込んだ。
(魔物、ね……)
王都に最も近いこの農村。普通ならば魔物の影響はほとんど及ばないはずだ。だが最近、魔王軍が各地で小競り合いを始めているという話も聞く。
(もし本当に魔物が出ているのなら、これは好機かもしれない)
聖女として振る舞い、勇者と共に村を救う。疑惑を晴らすには、これ以上ない舞台だ。
――もっとも。
(魔族側の動きも把握できるかもしれない、という意味でも)
「……聖女様?」
勇者アルフレッドが、こちらを窺う。
私はにこりと微笑んだ。
「もちろんです。そのお願い、聞き届けましょう」
「ほ、本当ですか!?」
少年の顔がぱっと明るくなる。
勇者も、すぐさま頷いた。
「では、すぐに森へ向かいましょう。案内を頼めるかい?」
「は、はい!」
少年は勢いよく頷くと、部屋を飛び出した。
私と勇者も後に続く。
外は既に夕刻。家々の屋根は赤く染まり、遠方の空は暗く淀んでいる。これより、魔の時間が始まる。
しかし私も、勇者も、足取りは軽い。
これは始まりだ。
勇者と聖女として、魔王討伐への第一歩。
暗い顔など、見せられる訳ないのだから。
――胸の内に、どのような想いを抱えようとも。私は聖女の仮面を被り、森に向かった。