英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした 作:TSメス堕ちいいよね…
森の中は鬱蒼と茂っていて、斧の入った跡もない。木こりが最近は足を踏み入れていないことが察せられた。
パキリと、枯れ枝を踏む。静寂が広がる森に、不気味なほど響き渡った。
「……リシェル様、俺の後ろに」
「…………はい」
やや躊躇した後、頷く。
アルフレッドを先頭に、案内役の少年が続き、私が最後尾となる。
森は静かだった。いっそ不自然なほど、動物たちの息遣いが聞こえてこない。
「この森は、いつも
「昔、遊んだ頃は、こんなんじゃありませんでした」
異常は少年にも――いや、古くから住む少年だからこそ感じられるのだろう。この森は、静かすぎる。
(おそらく、潜んでいるな。大方野生化した魔物だろうが)
人間界には人間界の生態系があるように。魔界にも魔界の生態系が存在する。魔界に棲む動植物たちを、人間は魔物と呼ぶ。
人間界には魔族が軍事目的で連れ出し、野生化した魔物が一定数存在する。それらは元の目的が目的故に、凶暴で、人間をよく襲うという。今は一足先に、人間界の動物たちが脅威にさらされている事だろう。
(……情けない。魔物一匹満足に始末できんのか、この世界の獣たちは)
だが、それを顔に出すわけにはいかない。
私は聖女リシェル。慈悲と祈りの象徴。魔を憎み、民を守る存在でなければならないのだから。
少年の手をぎゅっと握る。元気づけるように聖女の仮面を張り付けながら。
「――――!」
少年の耳が真っ赤に染まる。
年頃の少年だ。怯えているのがバレたのが恥ずかしいのだろう。リシェルはそう考え、内心でミスを恥じた。
ところで。
リシェルは男というものを知らない。彼女はほとんどの時間を男子禁制の地で過ごしてきたからだ。そして彼女が産まれる前、魔族時代は男だったものだから、自分が女として、他人からどう思われているのか理解していなかった。
ここに断言しよう。聖女リシェルはとんでもない美人で。この少年のように、笑顔で手を握られたりしたら、それはもう惚れるなというのが無理な話である。
閑話休題。
三人は森を進み続ける。リシェルはこの森に違和感を感じ始めていた。木に絡まる蔦に触れる。それは触れると同時に崩れ落ちた。
(これは、瘴気を含んでいる?)
瘴気は魔界の空気だ。それがこんな場所にある筈はないのだが……。
「おかしい」
勇者が立ち止まった。
「
勇者は別角度から異常に気が付いたようだ。最初、森が静かなのは、魔物の脅威に動物たちが怯え潜んでいるからだと考えた。だが勇者の言葉が確かなら、動物そのものが消え去ったという異常事態。
(瘴気は、まだ生息不可な領域までは達していない。何か別の事情があるな)
何にせよ、面倒事に首を突っ込んでしまったようだ。
「一度戻りましょう。少なくとも、少年は家に帰すべきです」
「……そうですね。あの村在住の兵を――」
案内として連れてくるべき――という言葉は遮られた。甲高い、犬種が出すような雄叫びによって。
「魔物!?」
勇者が素早く剣を抜き放ち、声の方向に構える。ざっざっ、という。獣が落ち葉を踏む音が響く。
「ふ――!」
勇者が剣を振り抜く。会合は一瞬だった。獣が血を噴き出しなら通り過ぎる。首を半ばまで切り裂いている。あれなら人間界の動物たちと比べてタフな魔物でも、十分致命傷だ。
魔物が勢いのまま地面をこすり、落ち葉を巻き上げる。次いで、チャリン、という。鈴の音のような、この場に不釣り合いな音が響いた。
それは――
「――――首輪?」
「――――――――コーダ!!!」
それに気を取られた一瞬、少年が私の手を離し駆けだす。向かう先は、絶命した――
「――――!? 離れて!!!」
勇者が叫ぶ。
私は――――少年を追わず、つい咄嗟に構えた。
魔物は死に体でありながら、まだ生きていた。
少年は目と鼻の先。あれは、もう、間に合わない。
「――――――?」
「コーダ! コーダぁ......!!!」
未来予想図は裏切られた。魔物は少年を襲うことなく、あろうことか、少年に寄り添おうとしている。おそらく、最期の力を振り絞って。
それは異様な光景だった。死に体でありながら、魔物が家族に寄り添うように、少年の頬を伝う大粒の涙を舐め……あれは、慰めている?
(少年は、魔物をコーダと呼んでいる? コーダが魔物だという話は聞いていないが)
当然、違うだろう。あの少年が奇跡的に魔物を懐柔する天才だとしても、周りが放っておかないのは間違いない。
だとすれば、少年が魔物を愛犬と誤認しているか――――
(――――――まさか)
少年は、既に息絶えた魔物を抱きしめた。
そして――ゆっくりと、その首元に噛みついた。
「な、なにを――!?」
「勇者様! 離れてください!」
駆け寄ろうとする勇者の首根っこを掴み、強引に押し倒す。
触れてはいけないのだ、特に、あの血には。
あの血に触れた者は――――
「あれは、あの少年はもう人間ではありません!」
――――怪物になってしまうのだから。