英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした 作:TSメス堕ちいいよね…
リシェルは内心でしくじったと強く憤った。
人を魔物へと変える血の実験。そんな物が存在することはおろか、血に触れるべきではない事さえ知る筈は無いし、それを忠告するなどもってのほかだ。
(迂闊だった。勇者ほどの精神エネルギーを有していれば、影響はないというのに)
だが、もう言葉は放たれてしまった。
勇者アルフレッドは押し倒されたまま、驚いたようにこちらを見上げている。
「聖女様……?」
その声には困惑が混じっていた。
当然だろう。突然首根っこを掴まれて地面に押し倒された挙げ句、訳の分からない警告まで受けたのだ。
私は一瞬だけ目を閉じ、そして静かに息を吐いた。
「……すみません。少し、焦ってしまいました」
言葉を選ぶ。慎重に。
「瘴気を含んだ血は、触れれば穢れを受ける可能性があります。聖典にも記されていることです」
半分は嘘で、半分は本当だった。
勇者は僅かに眉をひそめたが、反論はしなかった。
(……チ。流石に納得はしないか。それでもこの場は優先順位を付けたか)
勇者は代わりに視線を少年の方へ向ける。
「……少年」
静かに呼びかける。
少年は答えない。
少年はゆっくりと立ち上がり――
「グ、オオオォォオオオオォォォォォオオオオオオ!!!!!」
獣のように吼え、こちらに襲い掛かってきた。
(初期型の変質血か。さて、どうするか)
理性を無くし、襲い掛かってくるだけの
「少年!?」
勇者は器用な事に、地面に少年の魔物を押さえ込み、少年に語りかけていた。しかしそれも無為だと知れると、こちらへ助けを求めるように「聖女様!」と叫んでくる。
(さて、どうするか)
少年を救う方法は――ない。解毒薬の存在自体はあるが、今手元にない以上は仕方があるまい。
殺すしかないのだ。
だが、どうやってこの清廉潔白な勇者を説得するべきか。
少年の喉から、低い唸り声が漏れる。
勇者に押さえ込まれているにもかかわらず、その細い腕は信じられない力で暴れていた。指先は地面を掻き、土と落ち葉を巻き上げる。
「落ち着いてくれ、少年! 聞こえるか!?」
勇者は必死に声をかける。
だが少年の瞳はすでに焦点を失っていた。瞳孔は大きく開き、白目には赤い血管が浮き出ている。
(よし決めた)
「……勇者様」
私は静かに声を掛ける。
「そのまま押さえていてください」
「聖女様、何か方法があるのですか!?」
期待がこもった声だった。
――方法など、ない。
「私にできるのは、これくらいです」
胃がムカムカする。どうしようもなく吐き気を催す。だが、
「
それは太古の時代、人間が魔族の力を模倣し生まれた疑似魔法。
人類が持つ精神エネルギーを、魔力に代えて発動する奇跡の力。
全く以って不愉快だ。それはもう吐き気がするほど。魔族である己が、こんな劣化技術を使わなければならないとは。
「
それは
淡い光が、私の掌から静かに広がった。
空気が微かに震える。
少年の身体が、びくりと硬直した。
「グ――オォ……」
獣の唸りが一瞬弱まり、暴れていた腕の力が鈍る。
勇者は、驚いたように目を見開いた。
「これは……」
「眠りの聖呪です。長くは持ちません」
淡々と言う。
精神エネルギーを媒介にするこの粗悪な術では、変質血の進行を止めることなどできない。
あくまで一時的な鎮静。
ただ、それで十分だった。
(生体サンプルを人間に渡すことになるが、殺せば角が立つ)
私は、この魔物を生かすことにした。
少年の力は急速に弱まっていく。
「……ぁ……」
喉からかすれた声が漏れた。
そして、完全に意識を失うように、ぐったりと勇者の腕の中で動かなくなる。
森の中に、再び静寂が戻った。
勇者はしばらく動かなかった。
腕の中の少年を、静かに見下ろしている。
「……眠ったのですか」
「ええ」
短く答える。
だが勇者は、安心した様子を見せなかった。
むしろ――表情は重かった。
「……聖女様」
「なんでしょう」
「これは、治るのでしょうか」
その問いに、私は一瞬だけ言葉を失った。
(面倒な質問だ)
だが、嘘をつくのは簡単だった。
希望を与えることは、聖女の役目だ。
しかし――
(この勇者は、嘘を嫌う)
短い付き合いだが、それくらいは理解している。
だから私は、少しだけ視線を伏せた。
「……分かりません」
勇者の瞳が、わずかに揺れる。
「ですが」
私は続ける。
「この状態で放置すれば、確実に手遅れになります」
これは真実だった。
「村へ戻りましょう。すぐに」
勇者は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「……分かりました」
少年を抱き上げる。
その動作は、とても丁寧だった。
まるで壊れ物を扱うように。
(甘い)
私は内心で吐き捨てた。
あの少年は、もう人間ではない。
今は眠っているだけだ。
いずれ目を覚まし、理性を失い、誰かを噛む。
そしてまた、怪物が増える。
それが変質血の効果だ。
(本来なら、この場で首を落とすのが最善だ)
勇者が目の前にいなければ、私は迷わずそうした。
だが――
(今はまだ、聖女でいなければならない)
私は微笑みを浮かべた。
「急ぎましょう、勇者様」
勇者は頷き、森の出口へ向かって歩き出した。
その背中を見ながら、私は静かに考えた。
(さて)
この裏で糸を引いているのは、おそらく
あれは真っ先に勇者と聖女と交戦し――そして殺されたのだ。
(時間は巻き戻っている。私という異物を加えて)
振り返った。森は深く、暗い。だがどうせ、お前はそこにいるのだろう?
(深淵のカエシトル。私に殺されるなんてヘマを、してくれるなよ?)