英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした   作:TSメス堕ちいいよね…

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5.処遇

 リシェルは内心でしくじったと強く憤った。

 

 人を魔物へと変える血の実験。そんな物が存在することはおろか、血に触れるべきではない事さえ知る筈は無いし、それを忠告するなどもってのほかだ。

 

(迂闊だった。勇者ほどの精神エネルギーを有していれば、影響はないというのに)

 

 だが、もう言葉は放たれてしまった。

 

 勇者アルフレッドは押し倒されたまま、驚いたようにこちらを見上げている。

 

「聖女様……?」

 

 その声には困惑が混じっていた。

 

 当然だろう。突然首根っこを掴まれて地面に押し倒された挙げ句、訳の分からない警告まで受けたのだ。

 

 私は一瞬だけ目を閉じ、そして静かに息を吐いた。

 

「……すみません。少し、焦ってしまいました」

 

 言葉を選ぶ。慎重に。

 

「瘴気を含んだ血は、触れれば穢れを受ける可能性があります。聖典にも記されていることです」

 

 半分は嘘で、半分は本当だった。

 

 勇者は僅かに眉をひそめたが、反論はしなかった。

 

(……チ。流石に納得はしないか。それでもこの場は優先順位を付けたか)

 

 勇者は代わりに視線を少年の方へ向ける。

 

「……少年」

 

 静かに呼びかける。

 

 少年は答えない。

 

 少年はゆっくりと立ち上がり――

 

「グ、オオオォォオオオオォォォォォオオオオオオ!!!!!」

 

 獣のように吼え、こちらに襲い掛かってきた。

 

(初期型の変質血か。さて、どうするか)

 

 理性を無くし、襲い掛かってくるだけの()()など勇者の敵ではあるまい。無論、それがただの魔物であるならば、だが。

 

「少年!?」

 

 勇者は器用な事に、地面に少年の魔物を押さえ込み、少年に語りかけていた。しかしそれも無為だと知れると、こちらへ助けを求めるように「聖女様!」と叫んでくる。

 

(さて、どうするか)

 

 少年を救う方法は――ない。解毒薬の存在自体はあるが、今手元にない以上は仕方があるまい。

 

 殺すしかないのだ。

 だが、どうやってこの清廉潔白な勇者を説得するべきか。

 少年の喉から、低い唸り声が漏れる。

 

 勇者に押さえ込まれているにもかかわらず、その細い腕は信じられない力で暴れていた。指先は地面を掻き、土と落ち葉を巻き上げる。

 

「落ち着いてくれ、少年! 聞こえるか!?」

 

 勇者は必死に声をかける。

 だが少年の瞳はすでに焦点を失っていた。瞳孔は大きく開き、白目には赤い血管が浮き出ている。

 

(よし決めた)

「……勇者様」

 

 私は静かに声を掛ける。

 

「そのまま押さえていてください」

「聖女様、何か方法があるのですか!?」

 

 期待がこもった声だった。

 

 ――方法など、ない。

 

「私にできるのは、これくらいです」

 

 胃がムカムカする。どうしようもなく吐き気を催す。だが、()()をしなければならないのだ。

 

()()

 

 それは太古の時代、人間が魔族の力を模倣し生まれた疑似魔法。

 人類が持つ精神エネルギーを、魔力に代えて発動する奇跡の力。

 

 全く以って不愉快だ。それはもう吐き気がするほど。魔族である己が、こんな劣化技術を使わなければならないとは。

 

()()()()

 

 それは()()()()()()()()()。魔物と化した少年を、一時的に治めるその場しのぎ。

 

 淡い光が、私の掌から静かに広がった。

 空気が微かに震える。

 

 少年の身体が、びくりと硬直した。

 

「グ――オォ……」

 

 獣の唸りが一瞬弱まり、暴れていた腕の力が鈍る。

 

 勇者は、驚いたように目を見開いた。

 

「これは……」

「眠りの聖呪です。長くは持ちません」

 

 淡々と言う。

 

 精神エネルギーを媒介にするこの粗悪な術では、変質血の進行を止めることなどできない。

 

 あくまで一時的な鎮静。

 ただ、それで十分だった。

 

(生体サンプルを人間に渡すことになるが、殺せば角が立つ)

 

 私は、この魔物を生かすことにした。()()()としては避けたい限りだが……。

 

 少年の力は急速に弱まっていく。

 

「……ぁ……」

 

 喉からかすれた声が漏れた。

 

 そして、完全に意識を失うように、ぐったりと勇者の腕の中で動かなくなる。

 

 森の中に、再び静寂が戻った。

 

 勇者はしばらく動かなかった。

 

 腕の中の少年を、静かに見下ろしている。

 

「……眠ったのですか」

「ええ」

 

 短く答える。

 

 だが勇者は、安心した様子を見せなかった。

 

 むしろ――表情は重かった。

 

「……聖女様」

「なんでしょう」

「これは、治るのでしょうか」

 

 その問いに、私は一瞬だけ言葉を失った。

 

(面倒な質問だ)

 

 だが、嘘をつくのは簡単だった。

 

 希望を与えることは、聖女の役目だ。

 

 しかし――

 

(この勇者は、嘘を嫌う)

 

 短い付き合いだが、それくらいは理解している。

 

 だから私は、少しだけ視線を伏せた。

 

「……分かりません」

 

 勇者の瞳が、わずかに揺れる。

 

「ですが」

 

 私は続ける。

 

「この状態で放置すれば、確実に手遅れになります」

 

 これは真実だった。

 

「村へ戻りましょう。すぐに」

 

 勇者は、しばらく黙っていた。

 

 やがて、ゆっくりと頷く。

 

「……分かりました」

 

 少年を抱き上げる。

 

 その動作は、とても丁寧だった。

 

 まるで壊れ物を扱うように。

 

(甘い)

 

 私は内心で吐き捨てた。

 

 あの少年は、もう人間ではない。

 

 今は眠っているだけだ。

 

 いずれ目を覚まし、理性を失い、誰かを噛む。

 

 そしてまた、怪物が増える。

 

 それが変質血の効果だ。

 

(本来なら、この場で首を落とすのが最善だ)

 

 勇者が目の前にいなければ、私は迷わずそうした。

 

 だが――

 

(今はまだ、聖女でいなければならない)

 

 私は微笑みを浮かべた。

 

「急ぎましょう、勇者様」

 

 勇者は頷き、森の出口へ向かって歩き出した。

 

 その背中を見ながら、私は静かに考えた。

 

(さて)

 

 この裏で糸を引いているのは、おそらく()()魔族だろう。

 

 あれは真っ先に勇者と聖女と交戦し――そして殺されたのだ。

 

(時間は巻き戻っている。私という異物を加えて)

 

 振り返った。森は深く、暗い。だがどうせ、お前はそこにいるのだろう?

 

(深淵のカエシトル。私に殺されるなんてヘマを、してくれるなよ?)

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