英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした   作:TSメス堕ちいいよね…

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6.旅の一幕

 不思議な人だ。

 アルフレッドは聖女リシェルを測り損ねていた。

 

 初めて出逢った時は、神々しく、近寄りがたい存在を想像していた。祈りと慈悲に満ち、常に穏やかな微笑みを浮かべているような――そんな、絵画の中の人物のような姿を。

 

 しかし森の中で見せた姿は、アルフレッドの想像していた聖女像とはあまりにも違っていた。

 

 迷いなく指示を出し、躊躇なく判断を下す。

 倒れた少年を見下ろすその眼差しには、慈悲よりもむしろ冷えた理性が宿っていた。

 

 あれは――いっそ冷酷にすら見えた。

 

 もちろん彼女が無闇に命を奪う人間でないことくらい、アルフレッドにも分かっている。あの場での判断は正しかった。むしろ迷っていたのは自分の方だ。

 

 だが、それでも。

 

 アルフレッドは、あの時の彼女の横顔を思い出す。

 夕暮れの森の薄暗さの中、リシェルは倒れた少年を静かに見下ろしていた。

 

 祈りを捧げるでもなく、目を逸らすでもなく。

 ただ淡々と、そこにある現実を受け止めるように。

 

 聖女、と呼ばれる人間の顔ではない。

 少なくとも、彼が思い描いていた聖女の顔ではなかった。

 

 不思議な人だ。

 

 改めてそう思う。

 

 しかし――

 

 分からないからこそ、気になってしまうのかもしれない。

 

 アルフレッドは小さく息を吐いた。

 

 もしあれが彼女の本当の姿なら、自分はどう思うのだろう。

 聖女ではなく、一人の人間としてのリシェルを見た時。

 

 ――自分は、失望するのか。

 それとも――

 

 そこまで考えて、アルフレッドは苦笑する。

 

「……何を考えているんだ、俺は」

 

 たかが数日共に行動しただけの相手だ。

 聖女がどんな人物であろうと、自分の人生には関係ないはずだ。

 

 そう思うのに。

 

 森の中で見た、あの静かな横顔が、どうしても頭から離れなかった。

 

 

 ☆

 

 

 勇者と旅をして数日。今日も今日とて街道を進む。

 

 王都の喧騒は遠くなり、道はすっかり田舎道へと変わっていた。背の低い丘と麦畑がゆるやかに続き、遠くで風車がのんびりと回っている。

 

 平和な景色だった。

 

 実に、退屈なほどに。

 

 私は荷馬車の荷台に腰掛けながら、ぼんやりと空を眺めていた。

 

 御者台ではアルフレッドが手綱を握っている。旅に出る際、馬車を借りるべきだと提案したのは彼だった。徒歩でも問題はないと言ったのだが、聖女に長旅を歩かせるわけにはいかないと頑として譲らなかった。

 

(過保護なことだ)

 

 とはいえ、荷台の藁の上は意外と快適だった。

 

 風が吹くたび、麦の穂がさざ波のように揺れる。その音を聞きながら、リシェルは小さく欠伸をした。

 

「……眠いのですか?」

 

 不意に声がかかった。

 

 視線を向けると、アルフレッドが肩越しにこちらを見ていた。

 

「いえ、そういう訳では」

「無理をなさらないでください。まだしばらくは揺れますが」

「揺れは気にしていません」

 

 むしろ、こうして揺られている方が都合がいい。

 

 歩かなくて済むし、考え事もしやすい。

 

(……それにしても)

 

 視線を前へ戻す。

 

 アルフレッドの背中は大きかった。鎧を脱いでいる今は旅装束だが、それでも肩幅は広く、姿勢も真っ直ぐだ。

 

 勇者。

 

 その称号は、どうやら伊達ではないらしい。

 

(まあ、戦闘能力は本物だな)

 

 森での一件を思い出す。

 

 剣を振り抜いた瞬間、迷いはなかった。あの反応速度と判断力は、訓練だけでは身につかない類のものだ。

 

 ――だが。

 

(甘い)

 

 少年を抱き上げた時の顔を思い出す。

 

 あの表情。

 あれは、勇者の顔ではない。

 ただの、優しい男の顔だ。

 

(あれでは、魔族相手には長く持たない)

 

 私は空を見上げた。

 

 雲がゆっくりと流れている。

 あまりにも平和だ。

 

 その時だった。

 

 ガタッ、と馬車が大きく揺れた。

 

「……?」

 

 荷台が傾く。

 私は咄嗟に縁を掴んだ。

 

「すみません、轍です」

 

 アルフレッドが声を上げる。

 

 馬車は少し進んだところで止まった。

 

「どうしました?」

「少し確認します」

 

 アルフレッドが御者台から降りる。

 

 馬車の後ろに回り、しばらく車輪を見ていたが、やがてため息をついた。

 

「……困りました」

「何か問題でも?」

「車輪が外れかけています」

「……」

「直せるのですか」

「直します」

 

 きっぱりと言う。

 

 そして袖をまくり、車輪に手をかけた。

 

 ぎし、と軋む音がする。

 しばらく無言で格闘していたが、やがてアルフレッドの額に汗が浮かび始めた。

 

「……手伝いましょうか」

「いえ、大丈夫です」

 

 即答だった。

 

「聖女様にこんな作業をさせるわけには」

「ただ押さえるだけでも」

「大丈夫です」

 

 譲らない。

 私は小さく息を吐いた。

 

(面倒だな)

 

 本気を出せば、車輪程度一瞬で直せる。

 

 だがそれは、聖女の力ではない。

 

 魔族の身体能力だ。今の非力では、大したことはできないだろう。

 

(さて、どうするか)

 

 アルフレッドはまだ車輪と格闘している。

 悩んでいる間に、ようやく固定が終わったのか、彼は立ち上がった。

 

「お待たせしました」

「早かったですね」

「応急処置ですが」

 

 アルフレッドは馬の様子を確認してから、再び御者台に戻った。

 

 馬車がゆっくりと動き出す。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 やがて、アルフレッドがぽつりと言った。

 

「……聖女様」

「なんでしょう」

「こういう旅は、慣れていらっしゃいますか?」

「いいえ」

 

 即答した。

 

「初めてです」

「そうですか」

 

 アルフレッドは少しだけ笑った。

 

「実は俺もです」

「勇者なのに?」

「勇者だからです」

 

 不思議な答えだった。

 アルフレッドは前を見たまま続けた。

 

「今までは、剣士として仕事をしていただけでした。こんなふうに、誰かと一緒に旅をするのは初めてです」

「……」

「少し、緊張しています」

 

 私は黙っていた。

 

 しばらくして、ふっと視線を逸らす。

 

(変な男だ)

 

 勇者が、緊張していると言う。

 

 しかも、聖女との旅で。

 

(本当に、この男は)

 

 空を見上げる。

 

 雲は相変わらずゆっくり流れていた。

 

 馬車はきしきしと音を立てながら進む。

 

 どこまでも平和な道だ。

 

(まあいい)

 

 私は藁の上に背を預けた。

 

(今はまだ)

 

 旅は、始まったばかりなのだから。

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