願いの物語シリーズ【夢咲里菜】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第7話『今日はね。朝陽にお願いがあって来たんだよ』

朝陽から逃げる様に、私は地元を離れ、様々な場所を転々とした。

 

そして、ある時、飛行機に飛び乗って、私は海を越えた向こう側の国へと向かっていた。

 

メールで聞いていたジョージの家に向かい、彼の家に転がり込む。

 

彼は狭いアパートで役者を目指しながら、頑張っている様だった。

 

それを見て、私は微かに喜びを感じていた。

 

だって、ここには私の居場所があるから。

 

だから、私は彼がアルバイトをしなくても良いように家賃だと言い張ってお金を渡して、ついでに私の体も明け渡した。

 

聞いた話では男の人は発散しないと溜まるらしいから、私なんかで発散できるならそれで良いと思ったのだ。

 

本当は朝陽を抱いて欲しかったんだけど、やっぱり遠い海の向こう側まで行くのは面倒だったのか断られてしまった。

 

ジョージが何処かで知らない女と付き合わない様に。

 

私で繋ぎとめて、朝陽の所に行けるようになるまで、耐えてもらう。

 

朝陽にもジョージにも申し訳ないけど、これが一番いい選択に思えたのだ。

 

それから時が流れて。

 

私はすっかり異国の地で生活する事にも慣れて、デザイナーとしてもどんどん活躍する様になっていった。

 

そして、ジョージも少しずつだけど大きな役を貰えるようになっていって、彼はその才能を世界に見せる様になっていった。

 

それは酷く嬉しい事であったが、それ以上に不安もあった。

 

彼が自分で生活できるようになるという事は、私の援助は要らなくなるという事だからだ。

 

私を捨てても問題ないという事だからだ。

 

だから、最悪な私は心のどこかで彼の失敗を望んでいた。

 

しかし、そんな邪な願いを神様が見逃すはずはなく、最悪な偶然は二つ同時にやってきた。

 

一つ目はジョージが役者として大きな成功をして、一気に知名度が上がったという事。

 

そしてもう一つは、私に子供が出来てしまった事だ。

 

当然だが、ジョージ以外とは一切関係を持っていない。

 

だからこの子供はジョージの子供だ。

 

でも、子供が出来たと分かればどうだろうか。ジョージはどう思うだろうか。

 

考えれば考えるほどに頭の中に浮かぶのは恐怖だった。

 

そして、それに追い打ちをかける様に頭の中で声が響く。

 

『いつかの日に言われた言葉を忘れたか? 子供が出来たら捨てられるぞ』

 

私は部屋の中で一人、まるで過呼吸の様に乱れる呼吸に胸を押さえた。

 

しかし、どれだけ落ち着こうとしても、まるで落ち着かない。

 

『ジョージ・ウィルソンも分かってるんだ。お前が災いを呼ぶって事がな』

 

『考えてもみろ。これから有名になろうというこのタイミングに子供が出来たなんて知られれば、奴はどうなる?』

 

『激しい批判に晒されるだろうな。最悪は通り魔に刺されるか撃たれるだろう』

 

『それに、お前の傍にいれば生まれる子供も、不幸になるぞ。世界中から呪いを受けて、やがて死ぬ。苦しみながらな』

 

『お前と関わったばかりに西宮院姫乃は無残な死に方をした。もう忘れたのか?』

 

や、やだ。

 

そんなの。

 

『なら決まってるだろう? ここを離れるしかない』

 

「でも、どこにいけば」

 

『いるだろう? お前が最も信頼できる人間が』

 

「あさひ」

 

『そうだ。あの女の元へ行け』

 

「行かなきゃ」

 

私はフラフラと何かに導かれる様にジョージの家を出て、飛行機に乗った。

 

そして、海を渡り、久しぶりの母国へと辿り着いた。

 

久しく降り立った大地は昔と何も変わっていない。

 

それが何だか懐かしくて、苦しくて、どこか切なかった。

 

本当はお婆ちゃんに会いたかったのだけれど、子供が出来た事を知られれば何を言われるか分かったものでは無いし、何も言わずに黙っていた。

 

そして家を借りて、久しぶりの一人暮らしを始める。

 

それから陽菜を生むまでの時間はあっという間だった。

 

慌ただしく仕事をして、病院へ通い、先生の言葉を守りながら子供を産む。

 

頭の中では早く朝陽の元へ行けと騒いでいたが、こんな状況で行けば朝陽に迷惑を掛けるだけだ。

 

落ち着いてからにするべきだと私は珍しく冷静な頭で考えていた。

 

そして、独りで耐え続ける生活を乗り越えて、私は、遂に陽菜と会う事が出来た。

 

陽菜はまだ小さくて、弱くて、泣き虫で、でも……世界のどんな物よりも愛おしい存在だった。

 

この子の為ならどんな苦難も乗り越えられると思った。

 

でも、それと同時に恐怖もあった。

 

だって、私は呪いを運ぶ人間だから。

 

周りに居る人間を不幸にしてしまう存在だから。

 

だから、このままでは陽菜を不幸にしてしまうと思った。

 

それだけは、絶対に嫌だった。

 

例え私がどうなろうと、陽菜に恨まれても、憎まれても、陽菜だけは幸せになって欲しかった。

 

そう。例え私がどう思われても、陽菜だけは幸せにする。

 

その為に、私は最低最悪の選択をする為に朝陽へと連絡を取るのだった。

 

 

 

偶然にも朝陽は私とほぼ同時期に子供を産んだらしく、今は自宅で療養中との事だった。

 

私は陽菜を抱きかかえたまま朝陽の家を訪ねた。

 

「久しぶりですね。里菜」

 

「うん。そうだね」

 

「心配しましたよ。今までどうしていたんですか」

 

「まぁ、なんか適当に生きてたよ」

 

「貴女は。もう、まったく!」

 

「ふふ。朝陽は変わったね。昔と違って、ちゃんとお母さんやってるんだ」

 

「もう里菜と別れて七年くらいになりますからね。変わりますよ」

 

「そうだね。姫乃さんとそっくりだ」

 

「……姫乃って、私の母ですよね? 里奈は」

 

「そうだ。朝陽!」

 

「なんですか?」

 

「今日はね。朝陽にお願いがあって来たんだよ」

 

私は真実何でもない事の様に言う。

 

ジョージの様には出来ないけど、今この瞬間、朝陽が騙せればそれで良い。

 

「実はさ。この子なんだけど。要らなくなっちゃって。朝陽が引き取ってくれないかなって」

 

「は?」

 

朝陽の顔が一瞬で怒りに染まる。

 

まぁ、当然か。

 

朝陽は子供が好きだし。それに二人も産んでる。他所の家の子の事だって、こんな事を言われれば苛立ちもするだろう。

 

でも、どれだけ威圧されたって、怒られたって、嫌われたって、私は引かない。

 

「別に無理には言わないけど。駄目なら駄目で適当にどっかに捨てれば良いしさ」

 

「育てるという選択肢は無いのですか?」

 

「ないね」

 

私の傍に居ればこの子は不幸になる。

 

もし、ジョージとの関係が知られればそれは呪いとなってこの子を襲うだろう。

 

それは駄目だ。

 

「父親は」

 

「知らない。誰なんだろうね。アハハ」

 

「……里菜。貴女という人は。こんな事ならあの時、無理矢理にでも引き留めるべきでした」

 

「まぁ今度は上手くやるからさ」

 

「……分かりました。ただし、条件があります」

 

条件と聞いて、私は表面には出さないように気を付けながら、思考を鋭く持つ。

 

「何かな」

 

「一つは、この子の母親としてちゃんとこの子に名乗る事」

 

「えー。でも私、この国離れちゃうし。難しくない?」

 

「電話でも、手紙でも何でもいい。必ずこの子と話す時間を作って下さい」

 

「めんどくさいなー」

 

「嫌だというのなら、私は貴女をここに縛り付けてでも、この子の母親をやらせますよ」

 

「分かった! 分かったから! 怖い事言わないで」

 

「もう一つ」

 

「まだあるのー?」

 

「これで最後です」

 

「分かったよー。で? なに?」

 

「この子の名前は貴女が名付けて下さい。苗字も夢咲としてもらいます」

 

あぁ……。

 

唇を噛み締めて、何とか堪えたけれど、涙が溢れそうだった。

 

こんな事を言っていても、朝陽は陽菜と私の間に絆を作ろうとしてくれている。

 

自分の子供とする方が容易いだろうに。

 

「で、でもさ。苗字が違ったら、虐められちゃう、んじゃない?」

 

声は震えていないだろうか。

 

涙は溢れていないだろうか。

 

私はちゃんと耐えられているだろうか。

 

「そんな物。私が絶対に許しませんよ。それに、子供が困った時に助けるのは親の役目。そうでしょう? 里菜」

 

「そ、そうかもね」

 

私は、陽菜をゆっくりと下ろすと、朝陽に背を向けて、部屋を出ていこうとした。

 

しかしそんな私の手を朝陽は掴んで、逃がさない。

 

「まだ、約束を果たしてませんよ。この子の名前を思いつくまでこの家で」

 

「陽菜」

 

「……え?」

 

「夢咲陽菜。そう、教えてあげて」

 

私は何とか絞り出して、少し緩んだ朝陽の手から抜け出し、逃げる様に朝陽の元を去った。

 

走り、遠くへ。

 

電車に乗りながら、ここに来るまではあった筈のぬくもりが無い事に、私は空を抱いて涙した。

 

まるで体の中身を全て失くしてしまった様な喪失感に気が狂いそうだった。

 

でも、頭の中に聞こえている声だけはどこか満足気に響いているのだった。

 

『これでいい。全ては大いなる計画通りに』

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