研がれた赤き牙 ―オデッセイ外伝―   作:影の設計士

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第1話:かけられた鎖

アバカブ号の地下格納庫。重油と排気ガスが混じり合う淀んだ空気の中で、15歳の鮎川まどかは蹲っていた。

薄暗いライトの下、彼女の手元ではバラバラに解体されたエンジンのパーツが、まるで外科手術のように整然と並べられている。

まどかは額に浮いた汗を乱暴に腕で拭った。15歳という若さに似合わない、冷たく、そして全てを見透かすような鋭い瞳。彼女はこの頃、寄港する先々でアバカブ号の狂犬と密かに噂されるほどの、手のつけられない不良少女だった。大人を信じず、群れることを嫌い、ただ自分の腕と、手入れの行き届いた道具だけを信じている。

「まどか。そこにいるの」

ハッチが開く音と共に母親の声が響く。まどかは顔を上げず、手の中のピストンを執拗に布で磨き続けた。

「何の用よ。今、集中してるんだけど。邪魔しないでくれる?」

ぶっきらぼうな、突き放すような口調。それは、自分を守るための最も鋭い棘だった。

「あなたも今日で15歳。これをあなたに渡しにきた」

母親が差し出したのは、銀色の鎖がついたロケットペンダントだった。

代々の女たちが執念に近い丁寧さで守り抜いてきたその銀細工には、傷ひとつなく静かな輝きを放っていた。鏡のように磨き上げられたその表面は、薄暗い格納庫の光を反射して、まどかの不機嫌そうな顔を克明に映し出した。

「うちの女たちは15でこれを持つしきたり。お守りみたいなものです。嫌ならどこかにしまって置いても良いけれど、あなたが次の者に渡すまでは、失くすことは許さないよ」

「お守り? 笑わせないでよ。そんなもん持ってたって、腹は膨れないし、敵も倒せないわ」

母親はまどかの首に、強引にその鎖を回した。鎖骨に伝わるずっしりとした銀の感触。それは、目に見えない血の繋がりに縛り付けられたような不自由な重みだった。

「重いわね。ただ持ってろって? どいつもこいつも煩いわね」

母親が立ち去った後、まどかは一人、ロケットを掌に転がした。

「……ムカつく」

そう毒づきながらも、彼女は無意識に整備用の最高級のセーム革を取り出していた。汚れなどどこにもないロケットの表面を、指先が痺れるほど丁寧に、そして吸い付くような動きで磨き始める。

彼女は不良だった。粗暴で口も悪い。だが、自分の管理下にある物が完璧な状態で存在することに対して、異常なまでの執着を持っていた。磨き上げられた銀の肌が、彼女の神経の細やかさを表すようにさらに鋭い光を放つ。

 

数日後、アバカブ号はジャンク惑星の闇市場に停泊していた。まどかは周囲を威圧するような足取りで、スクラップの山を歩いていた。彼女の目的は、護身用のナイフに代わる何かだった。

「ん?」

錆びた電子機器の山の中に、場違いな鮮やかさを放つケースが埋もれていた。

蓋を開けると、そこには血のように真っ赤なギターピックが数十枚、ぎっしりと詰め込まれていた。

まどかはその一枚を指先でつまみ上げ、光にかざした。

「ギター、……ね」

彼女はギターを弾かない。長い間音楽そのものから遠ざかっている。だが指先に吸い付くようなプラスチックの感触と、独特のしなり。そして、研げばどれほどの鋭利さを発揮するか――その素材としての殺傷能力を彼女の天性のセンスが見抜いた。

「これなら誰にも悟られずに持ち歩けるわね」

彼女はケースを奪うようにポケットに突っ込み、その場を後にした。

 

その夜、アバカブ号の自室。まどかは砥石の前に座っていた。

胸元には、あの日以来常に自分の一部のように磨き上げてきた銀のロケットがある。

シュッ、シュッ、と規則的な音が響く。

真っ赤なギターピックの縁を、彼女は一枚一枚極限まで研ぎ澄ましていく。それは用心棒として銀河を生き抜くための、自分だけの牙を育てる儀式だった。

「しきたりだのお守りだの興味ないわ」

研ぎ終えたピックの先端をまどかは親指でそっとなぞる。一筋の赤い血が滲み、研磨された銀のロケットの上に一滴こぼれ落ちた。彼女はそれをすぐに布で拭き取り、再び鏡のように磨き上げる。

「私は私のやり方で生き残る。文句があるならかかってくればいい」

 

窓の外には冷たい星々の海が広がっている。

何世代も前から受け継がれてきた銀のロケットと、自らの手で研ぎ澄ませた真紅のピック。

15歳のまどかはまだ何も知らない。

このロケットの本当の意味を。

そして彼女の赤い牙が、いつか「あなた」と呼ぶことになる男の窮地を救うことになることを。

まどかはただぶっきらぼうな溜息をひとつつき、ロケットをシャツの奥へと隠した。

(第2話へ続く)

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