研がれた赤き牙 ―オデッセイ外伝―   作:影の設計士

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第2話:欠ける牙

アバカブ号が寄港したのは、銀河の吹き溜まりにある中継衛星スラム・ノードだった。一日中雨が降り、錆びた鉄の匂いが充満するこの場所で、マスターはある違法業者との取引を進めていた。

16歳になった鮎川まどかは壁に背を預け、退屈そうにガムを噛んでいた。身長158センチメートルの小柄な体形、跳ねた髪、鋭い眼光。その首元、シャツの奥には、あの日から片時も離さず、けれど人目に触れぬよう大切に磨きあげられた銀のロケットペンダントが隠されている。

「おい、マスター。冗談だろ?」

取引相手のボス――顔に傷のあるサイボーグの大男が、まどかを指差して下卑た笑い声を上げた。

「護衛にこんなガキを連れてくるとはな。おい、嬢ちゃん。その指に挟んでるのは何だ? ギターのピックか? そんなもので、ブラスターに勝てると思ってんのかよ! 」

周囲の取り巻きたちが卑猥な笑みを浮かべてまどかを取り囲む。ボスの指が大型ブラスターの引き金に掛かった。

「死ぬほど退屈だわ、あんたたちの喋り。耳が腐る」

まどかはガムを床に吐き捨て、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には恐怖も動揺もない。ただ作業の邪魔になる障害物を排除する時のような、冷淡な決意だけが宿っていた。

「勝てるかどうか、その身体で確かめてみたらどう?」

「いい度胸だな! 蜂の巣にしてやろう!」

ボスが引き金を引こうとした瞬間、まどかの右手が閃いた。

シュッ――という短い、空気を切り裂く高音。

「い、あ、あああッ!!?」

ボスの鈍い声が漏れる。ブラスターの引き金にかかっていた人差し指に、まどかの投げた赤いピックが深く突き刺さり、オイルの混じった赤黒い血が噴き出す。

「あ、ぎッ……!? 指が、動か、ねえ!」

腱を断ち切られた指からは力が抜け、重いブラスターが床にゴトリと落ちる。

「なっ、何が!?」

援護しようとした部下が銃を構えた瞬間、まどかの左手から二枚の赤いピックが同時に放たれた。一枚は引き金にかかる指の肉を抉り、もう一枚は男の右眼のすぐ下を深く切り裂いた。

「ひっ、ぎゃあっ!? 目が、俺の目が!」

急所を狙われた恐怖にパニックを起こした男はブラスターを放り出し、顔を押さえてうずくまる。

(……チッ、外したか)

まどかはその隙を逃さない。床を蹴り、弾丸のような速さでボスの懐に潜り込むと、ナイフを抜こうとした彼の残った腕を掴み、そのまま関節を逆に折り曲げた。バキリと硬質な音が響く。

「が、あああッ! 腕を、折りやがった!」

「ガキのおもちゃでも、使い方次第で指の一本や二本、簡単に飛ばせるわ。まだやる? 次はそのうるさい舌を切り落としてあげましょうか?」

まどかはポーチから新しいピックを一枚取り出し、指先で弄びながら氷のように冷たい声で言い放った。

圧倒的な実力差。ならず者たちは少女の皮を被った獣の本性に気づき、傷口を抑えながら這々の体で逃げ出していった。

「ふん。ゴミ掃除にもならないわね」

                   ★

その夜。アバカブ号の自室。

まどかは激しい戦闘で乱れた髪を乱暴にかき上げ、鏡の前に座った。

外では狂犬として振る舞い、男相手にドスの利いた声を出し、容赦なく肉を断つ。それが自分を守るための彼女なりの生き方だった。

だが、一人になると彼女は別の顔を見せる。

机の上に置かれたのは、今日、男の血で濡れた真っ赤なピック。そして胸元から取り出した銀のロケット。

まどかは清潔なセーム革を取り出す。

まずはロケットだ。激しい動きの中で自分の汗と硝煙にさらされた銀の肌を、彼女は慈しむように隅々まで磨き上げる。

一族に伝わる、理由もわからないしきたりの品。けれど、これだけは汚してはならないという強迫観念に近いほどの丁寧な手入れ。指先の一点にまで神経を集中させ、鏡のような光沢を取り戻すまで彼女の手は止まらない。

それが終わると、次は赤いピックのメンテナンスだ。

戦闘によって欠けたピックの縁を砥石で鋭く研ぎ直し、再び使えるように仕上げたその赤い牙を一枚ずつポーチに収める。

(まだ弱いわ……)

まどかは舌打ちした。

彼女にとって、武器の強さは自分自身の命の重さと同じだった。

全ての作業を終えたまどかは、磨き終えたロケットをそっと胸元に戻しながら独り言を呟く。

「お守り……。フッ、笑わせるわ」

 

冷徹な用心棒。けれどその内側には、一族から受け継いだ重みを誰よりも丁寧に取り扱う、神経質なほどに繊細な少女がいた。

窓の外では終わりのない宇宙が広がっている。

この先自分がどこへ向かうのか、16歳のまどかはまだ何も知らない。

ただ明日も生き残るためだけに、彼女は鋭く研ぎ澄ませた自分自身を暗い宇宙の中に置いていた。

(第3話へ続く)

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