研がれた赤き牙 ―オデッセイ外伝―   作:影の設計士

3 / 3
第3話:鋼の牙と、銀の守り

アバカブ号は、正規ルートでは運べない訳ありの荷を運ぶ高速運び屋として、裏社会でその名を知られていた。呪われた古代遺物から、出所不明の軍事プロトタイプまで。ハッチを叩く依頼人は皆一様に、法よりも確実な沈黙と守護を求めていた。

その積荷を狙う連中を排除するのが、用心棒・鮎川まどか、17歳の役割だった。

 

アバカブ号の薄暗い格納庫。

まどかは愛機のエア・バイクの影で、特殊合金から切り出した金属製ピックを研いでいた。

「プラスチックじゃ、武装した連中の強化プロテクターは貫けないわ……」

死と隣り合わせの戦場を渡り歩く中で、彼女は自ら重みのある金属を削り、本物の刃物と同じ殺傷力を持つ鋼の礫を造り出していた。それは、過酷な現実から自分の身体を守るための剥き出しの牙であり、身体的な拠り所だった。

キィ、キィ。

砥石と金属が擦れる鋭い音が、静かな船内に響く。いつもの様に研ぎ終えたピックの刃先で指の腹をなぞり、一筋の血が滲むのを確認して彼女は納得したように鼻を鳴らした。

まどかはシャツの襟元から銀のロケットペンダントを引き出した。15歳の時に渡されてから丸二年、肌身離さず身につけてきた代物。まどかは清潔なセーム革で、銀の表面を慈しむように丹念に磨き上げる。

「いつ死ぬかもわからないこんな稼業だけどさ。最後まで付き合ってくれるのはあんただけかもしれないわね」

鏡のように磨かれたロケットの銀面に、鋭くもどこか寂しげな自分の瞳が映り込んでいる。暴力で身を護る彼女にとって、この静かな輝きだけが失われかけた心を繋ぎ止める、唯一の拠り所となっていた。

 

数日後。アバカブ号はある極秘貨物の運送中に、武装集団の襲撃を受けた。

「どけよ、女! 命が惜しけりゃ、そのコンテナを渡しな!」

リーダー格の男がブラスターを構えてまどかを牽制する。その隙を突き、もう一人の男が積み荷のコンテナへとにじり寄った。男の汚れた指がコンテナのロックに触れようとした、その刹那。

 

ギィ――ィィン!

 

乾いた風切り音と共に、銀色の閃光が走った。

まどかの右手が動くと同時に、これまでとは違う、重く、そして鋭利な銀色の軌跡が空気を切り裂く。

ズブッ!バキィッ!

その直後、肉を裂き、骨を粉砕する、生々しい濁音が格納庫に響き渡る。

「ぎ、ゃあああああッ!? 俺の、俺の指がああッ!」

男が短い悲鳴を上げて手首を押さえる。

コンテナに伸びていた男の二本の指が、熟した果実のように鮮やかに根元から切り飛ばされ宙を舞った。

床に転がる指の断面は、まどかが研ぎ澄ませた鋼の鋭さを証明するかのように鏡のように滑らかで、そこから数秒遅れて、真っ赤な血のスプレーが派手に噴き出した。

まどかは投げた余韻を残す右手をゆっくりと下ろしながら、凍りつくリーダーの男に氷のような視線を向けた。

「悪いわね。この船の積荷には指一本触れさせないって決めてるのよ」

まどかは低空の旋風のように飛び込む。格闘の衝撃で、ロケットが首筋に食い込む。彼女は無言のまま、迷いなくその拳を振るい続けた。

 

その夜、船のトップデッキ。アバカブ号は静かに慣性航行を続けていた。まどかは一人サックスを吹き、孤独を鳴らす掠れた音色が冷たい宇宙へ溶けていく。

ふと演奏を止めたまどかは、胸元にあるロケットを手にとった。パカッ、と乾いた音を立てて蓋を開く。

内部に収められているのは古びた一枚の写真。そこに写っているのは、驚くほど澄んだ瞳を持つ一人の女性だった。

「あなたは一体、誰? そろそろ私に教えてくれてもいいんじゃない?」

問いかけに答えはない。ただ静かに自分を見つめる写真の女性に、まどかは言葉を重ねた。

「そろそろ退屈してるでしょ? こんな暗い場所に閉じ込められてさ……」

親指でそっと写真の縁をなぞり、パチンと蓋を閉じた。それはもう、嫌々持たされている鎖ではない。幾戦となく共に闘ってきた、同士そのものだった。

 

                  ★

 

18歳になって数ヶ月。

マスターが一通のデータチップを持って彼女の前に現れた。

「まどか。仕事だ。古いコールドスリープ・カプセルを一つ、運んでほしいそうだ」

まどかはいつものぶっきらぼうな口調で答えた。

「カプセル? 死体運びか何か? ま、アバカブ号らしいっちゃらしいけど」

彼女はそう吐き捨てると、腰のポーチに収めたピック――いまや血の色に真っ赤に染まった鋼のピックと、シャツの下のロケットペンダントを手で触れた。

「わかったわ。じゃ、さっさと片付けちゃいましょうか」

まどかは乱暴に椅子を蹴って立ち上がった。

そして、積み荷が待つハッチの向こうへとまだ見ぬ暗闇の中を一人歩き出した。鋼の牙と、銀の守りと共に――。

(研がれた赤き牙 ―オデッセイ外伝― 完)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。