降り続く雨は、すべてを拒絶するように冷たさを増していた。深夜の政府直轄・超心理学研究所。数時間前まで志村博士が籍を置いていたその場所は、今や彼にとって最も危険な敵地へと変貌していた。
博士はセダンを離れた場所に停めるとコートの襟を立て、影に紛れて裏口の電子ゲートへと歩み寄った。
白衣の下に隠し持っていた古いIDカードを取り出し、震える指先でリーダーに接触させる。プロジェクトが閉鎖されたとはいえ、システムの権限抹消にはまだ数時間の猶予があるはずだった。数秒の静寂の後、電子音が小さく鳴り、コンソールに『Access Granted』の文字が冷たく浮かび上がる。重厚な隔壁が溜息をつくような音を立ててゆっくりと開いた。
廊下には深夜勤務の守衛の足音も機械の駆動音もない。ただ、微かに羽音を立てる青白い蛍光灯の光が、無機質なコンクリートの壁を寒々しく照らしているだけだった。博士は迷うことなく施設の最深部――地下5階の極秘資材保管庫へと足を進めた。
エレベーターを降りた先にあるのは、かつて博士自身が封印したはずの禁断の領域だった。そこには、軍が星間戦争の切り札として開発した後凍結させたプロジェクト、『星間戦闘機ステラ・パルサー』の基幹ユニットが眠っていた。分厚い強化ガラスの向こう側、防振液の中に沈んでいるのは、複雑な回路と結晶体が組み合わさったエターナル・リアクターだった。
「また、これに火を灯すことになるとはな」
博士は自嘲気味に呟いた。このリアクターは無限のエネルギーを生み出す代わりに、常に「無」と隣り合わせの臨界点を孕んでいる。
それは、ひかるの永遠を約束する心臓でありながら、一歩間違えればすべてを焼き尽くす閃光にもなり得る。博士はその薄氷を踏むような危うさを、誰よりも知っていた。
博士は手慣れた操作でコントロールパネルを叩き、システムの強制バイパスを実行した。冷却プロセスの停止と共に重厚な金属音が響き、固定ボルトが次々と外れていく。
博士は掌に乗るほどの大きさのリアクター・コアを、慎重に、かつ迅速にアタッシュケースへと収めた。その瞬間、施設内に赤い非常灯が回り始め、けたたましいサイレンが静寂を切り裂いた。
『侵入者あり! 地下5階、保管庫B-12!』
スピーカーから守衛たちの怒号が響き渡る。博士はケースを強く握りしめ、最短ルートの非常階段へと駆け出した。背後で重武装した警備兵たちのブーツの音が階段室に反響し、刻一刻と近づいてくる。
この手に抱えているのは、ひかるを最強の翼に変えるための禁断の心臓。これを持ち帰らなければ彼女に恭介と再会するための未来を与えることはできない。博士は肺を焼くような荒い息を吐きながら、雨の待つ出口へとひた走った。
(第5話へ続く)