ステラ・パルサー:SUMMER 80   作:影の設計士

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最終話・第6話:飛翔

雨は上がり、雲の切れ間から差し込む月光が、打ち捨てられた旧第3発射場を青白く照らしていた。ここはかつて志村博士がプロジェクトの責任者として過ごした場所であり、今は軍の記録からも抹消された、二人だけのサンクチュアリだった。

地下ドックの重いハッチを開けると、そこには銀色の地肌を剥き出しにした高機動艇『ステラ・パルサー』が、主を待つ獣のように静かに横たわっていた。

「博士、すごいです。これが、ステラ・パルサー!」

ひかるは地下ドックの冷たい床から、その威圧的な巨躯を仰ぎ見た。鈍く光る銀色の装甲はまるで巨大な刃物のようだ。圧倒的な質量の前で、彼女は肩を震わせた。

「でも……こんなに大きなもの、私に、動かせるんでしょうか」

「そうだな……」

短くそう答えると、博士は迷うことなく工具を手に取り、機体のハッチへと潜り込んだ。

 

それからの四十八時間、ドックには火花と油の匂いが満ちた。博士は一度も眠ることなく、機体の再構築に没頭した。傍らではひかるが甲斐甲斐しく手伝いを買って出た。油で汚れた博士の頬をタオルで拭い、不慣れな手つきで工具を差し出す。そのひたむきな明るさは、冷え切った地下ドックで志村が唯一触れられる体温だった。

博士は、157センチの彼女の四肢が描く軌跡と機体の動きが、寸分の狂いなく重なるようリンク系を徹底的に詰め直した。さらに、ひかるに内蔵されたエターナル・リアクターの熱量が、そのままメインエンジンのプラズマ流へと直結するようバイパスを構築。機体全域に彼女の鼓動を伝える、新たな神経を張り巡らせていった。

 

「ひかる、準備はできた。乗ってみろ」

煤で汚れた博士がキャノピーを開放した。

「これが、お前の『翼』だ」

ひかるはラダーを登り、自分のために作られたコックピットを覗き込んだ。最新鋭のコンソールが並ぶその中央に、軍用機には不釣り合いなほど柔らかな質感を湛えた、グレーの皮革シートが据え付けられていた。

「椅子、変えといたぞ」博士は視線を逸らしたまま、ぶっきらぼうに言った。

「前のは、お前には大きすぎたからな」

ひかるが操縦席に座り、コンソールにそっと指先を触れる。その瞬間、彼女の細い指先から、目に見えないほど微細な数本のナノ・コネクタが静かに伸び出し、機体のポートへと吸い込まれていった。

「つながった……。聞こえます、博士。この子の鼓動が」

ひかると機体の意識が同調し、リアクターから放たれる莫大なエネルギーが機体表面の分子コーティングを励起させていく。銀色だった装甲が、彼女の意志を映し出すかのように、鮮やかなメタリック・ショッキングピンクへと塗り替えられていった。その鮮烈な輝きを見つめ、博士は満足げに頷いた。

「いい色だ。今日からこの機体は、ひかる専用機――『ステラ・パルサー:SUMMER 80』だ。お前のその色が、暗い宇宙を照らす標になるだろう」

博士は懐から一本のカセットテープを取り出し、ひかるに手渡した。

「これを持って行け。お前のためにカセットデッキを備え付けておいた。宇宙は静かすぎて、理屈だけでは耐えられんこともある。そんな時はその歌を聴け。人が誰かを想って作った音だ。道中、寂しくなったら聴くといい」

ひかるは受け取ったテープを愛おしそうに眺め、それをデッキへと差し込んだ。カシャリ、というアナログな音がドックの静寂に響く。

 

その時、地上から激しい地鳴りと、空を裂くジェットエンジンの音が伝わってきた。ついに軍の包囲網がこの場所を捉えたのだ。

「追手だ。ひかる、もう行かなければならない」

博士はひかるの肩に手を置き、その顔を真っ直ぐに見つめた。ひかるの青い瞳の光が不安に揺らめき、発声ユニットがわずかに震えた。

「博士、私……。本当に一人で行けるでしょうか。センパイを、ちゃんと……、見つけられるでしょうか」

「お前は、私が作った最高傑作だ。……いや、」

博士は優しく首を振り、不器用な手つきで彼女の頬に触れた。

「行ってこい、ひかる。お前の未来は、あの空の向こうにある」

「ありがとう、……お父さん!」

ひかるは叫ぶように答えると、ナノ・コネクタを通じてハッチを閉じ、エンジンを始動させた。ショッキングピンクの機体が咆哮を上げ、重力を振り切る。地下ドックを貫き、夜明け前の空へと突き抜ける一筋のピンクの閃光。地上では、押し寄せた軍用車両のライトの中で、一人の男がただ静かに空を見上げていた。

「さらばだ、ひかる。達者でな」

遠ざかる光を見つめ、志村の唇が音もなく動いた。

(私の、自慢の娘よ……)

 

カセットデッキから、ヒスノイズに混じって掠れたボーカル曲が流れた。厳しい冬のあとに咲く、薔薇の詩だった。そのどこか懐かしく、祈るようなメロディに乗せて、ステラ・パルサーは加速する。大気圏を突破し、眼下に広がる青い地球がまたたく間に遠ざかっていく。

ひかるは青い星に別れを告げ、目の前に広がる無限の暗黒――けれど希望に満ちた星空を真っ直ぐに見据えた。

「待ってて、センパイ。今、行きます!」

300年という、果てしない旅の幕が上がった。

(完)

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