ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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原作開始前
異邦の召喚師、帝都に立つ


 大正の夜は、現代のそれとは比較にならないほどに【暗い】。

 瓦斯灯の淡い光が届かない路地裏は、まるで底のない泥濘のように重く、粘りついた沈黙が支配していた。

「……ハッ、地図アプリはダンスを踊り出すし、COMPの画面は砂嵐。おまけに空気は炭っぽい。観光地としては最低の部類だな、こりゃ」

 神代駆(かみしろ かける)は、愛用のガンプ──自動拳銃を模した召喚器──の重みを掌で確かめながら、やれやれと肩をすくめた。

 二十二歳の若さながら、ヤタガラスに所属するデビルサマナーとして数々の修羅場を潜り抜けてきた彼だが、今回ばかりは笑うしかない。

 ダークサマナー『人形師』を追い詰めたと思ったら、奴が起動した「次元回廊」のおまけ付き。気がつけば、ガラス張りのショーケースもコンビニもない、教科書でしか見たことのないような時代に放り出されていた。

「さて、まずはGoogleマップで現在地を確認……って、電波があるわけないか。ヤタガラスの圏外手当、出るんだろうな……」

 駆は背負った黒いバックパックのストラップを締め直した。

 このバッグの内部は、亜空間を利用した収納庫となっており、予備の弾薬から召喚儀式用の触媒、さらには中型の重火器に至るまで詰め込まれている。サマナーにとっての「四次元武器庫」だ。

「……ん? おっと、お食事中か。お邪魔だったかな?」

 路地の奥。どろりとした生臭い臭気が鼻を突く。

 そこでは、三人の男が「食い散らかされていた」。その中心に蹲る影が、ギチギチと骨を噛み砕く音を立てながら、ゆっくりと首を巡らせる。

「……なんだァ? てめェ。その妙な格好……。新しい獲物か?」

 月の光に照らされたその顔は、人間を辞めていた。

 肥大した筋肉、異様に伸びた爪、そして瞳に宿る、理性を欠いた飢餓感。

「獲物? いやいや、俺はただの迷子の探偵だよ。けど、あんたみたいな『不細工な悪魔』を見ると、職業病が疼いちゃってね。……とりあえず、その食べ方はマナー違反だ」

 駆は軽薄な笑みを浮かべたまま、右手のガンプを流れるような動作で構えた。

「死ねッ! 小僧ッ!」

 悪魔と思われる怪物が、跳躍する。その速度は常人を遥かに超えていたが、駆の目は冷めたままだった。

「おっと。──ショットシェル、属性【破魔】装填。ついでに言うと、俺の仲間に同じことしたら、もっと怖がられるぜ?」

 指がトリガーを引く。

 ドォォォンッ! 

 魔力が火薬を叩き、回路が励起する重低音が響いた。

「ギ、アアアアアアッ!? なんだ、これ、腕が……再生しねえ……ッ!?」

「破魔の弾丸だ。あんたみたいな『不浄』には、特効薬なんだよ。……さて、独りじゃ寂しいだろう? 遊び相手を呼んでやる」

 駆は左手で印を結び、足元の影を蹴るように魔力を流し込んだ。

「来いよ、ジャックランタン。夜遊びの時間だぞ」

『ヒーホー! 焼いちゃうよ! 派手に行くホー!』

 影から這い出してきたのは、燃え盛るカボチャの頭部を持つ奇怪な妖精だった。

「ジャック、追い討ちだ。火力の加減は……まあ、適当でいいや。──『アギラオ』」

『ホーッ!!』

 妖精が放った紅蓮の炎が、路地裏を昼間のように照らし出す。

 ただの火ではない。魔力によって増幅された超高温の業火が、再生能力を封じられた鬼を包み込んだ。

 鬼は断末魔を上げる暇もなく、炭化し、塵となって夜風に消えていく。

「ふぅ……。現代の悪魔よりよっぽど話が通じないな。さて、見物料を貰おうか?」

 駆が銃を回してホルスターに収めようとした、その時だ。

「……動かないでください。その不思議な術、それと……その『変な格好』。説明していただきますよ」

 背後から、鈴の音のように澄んだ、けれど背筋が凍るほど鋭い声が響いた。

 振り返れば、そこには二人の少女が立っていた。

 一人は、蝶の髪飾りをつけた、柔和な笑みを浮かべる少女。

 もう一人は、同じ髪飾りをつけ、こちらを射抜かんばかりに睨みつける小柄な少女。

「……わお。この街は美人の宝庫か? 侍のコスプレにしては、随分と様になってるけど」

「……人を食ったような態度は、その首を落としてからでも間に合いますよ。あなた、鬼ではないようですが……今のは血鬼術ですか?」

 小柄な方の少女が、抜刀こそしないものの、いつでも踏み込める間合いで問いかける。

 駆は彼女の瞳の奥に、深い疑念と、それ以上に「未知のもの」への強い好奇心を見た。

「血鬼術? いやいや、そんなおどろおどろしいもんじゃないって。俺はただの探偵……、それと」

 駆は隣でぷかぷかと浮くジャックランタンの頭に肘を乗せ、不敵に笑った。

「可愛い『仲魔(ナカマ)』を連れた、デビルサマナーだ。よろしくな、お嬢さん方。……お近づきの印に、チョコでも食べるかい?」

 大正の夜。

 日輪刀を持たない「異邦人」の介入により、運命の歯車が大きく、そして少し軽薄な音を立てて回り始めた。

 

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