ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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境界の決断、上空への単独行

 静謐な空気に包まれた神社の境内。駆は腕に装着したコンプを起動させた。電子音と共にモニターが淡い光を放ち、目の前の空間にノイズが走る。そこへ、青白い燐光を纏った半透明の男が姿を現した。ヤタガラスの使者だ。

「……こちら神代だ。目下、任務内容の変更を提案する」

 駆は、実体のない使者の瞳を真っ直ぐに見据えて言い放った。

「本来は『人形師』に悟られる前に帰還方法を確立させるつもりだったが、予定を変える。奴はこの世界の理そのものに強い関心を持ち始めてやがる。このまま放置すれば、ここだけじゃ済まねえ。……俺は帰還を後回しにする。この世界の『鬼』と呼ばれている異形を、人形師ごと根こそぎ殲滅する。いいな?」

 半透明の使者は、微動だにせず駆の言葉を咀嚼するように沈黙を守った。やがて、境内の木々を震わせるような、重厚な男の声が響く。

『……人形師の介入、そして鬼という異形の存在。それらがもたらす混沌を断つというのか。貴殿の戦力ならば不可能ではないと判断する。……承認しよう。特例として、この地における全権を貴殿に委ねる』

「話が早くて助かるぜ。……異常があれば追って報告する」

 駆がコンプのキーを叩くと、ノイズと共にお使いの姿は霧散した。

 それから数日。駆が鬼殺隊の本拠地へと足を踏み入れた矢先、予感は最悪の形で的中する。

 産屋敷邸にて開かれた緊急の柱合会議。駆が人形師の危険性を切り出そうとしたその瞬間、世界の理を砕くような衝撃が走り、上空に巨大な「裂け目」が口を開けた。太陽が塗り潰され、急激な「夜」が訪れる。

「――やはりこれか。あれを完全に開かせるわけにはいかねえ。俺が直接あの中へ跳んで、向こう側から『門』を閉じてくる」

 駆の断言に、実弥や天元が「一人で行かせるわけにはいかねえ」と即座に食ってかかった。だが、その喧騒を制したのは、産屋敷の静かな、しかし峻烈な声だった。

「……皆、神代殿の言葉を聞きなさい。この事態において、彼の知識と力こそが唯一の希望だ。我々は、我々にしかできない役割を果たすべき時だよ」

 主のその言葉、そして駆の覚悟を裏打ちするような眼差しに、実弥たちは言葉を飲み込み、拳を握りしめて納得した。駆は産屋敷へ一つ頷くと、コンプを介して再び使者へと繋いだ。

「使者殿、今から単身で『門』の向こう側を叩く。柱共は現世側の防衛に回す。……それと、こっちの戦力に俺の仲魔を数体貸し出す許可も、さっきの全権に含まれてると思っていいな?」

 コンプのスピーカーから、重厚な男の声が応じる。

『……承知した。好きにせよ。ただし、貴殿の命が潰えれば、この地の均衡も潰えると思え』

「へっ、重圧をかけんのは相変わらずだな。……一刻を争う。一度拠点に戻って準備を整え、そこから直接跳ぶ!」

 拠点に戻り、駆がコンプを用いてガンプの調整とMAGの充填を急いでいると、二つの足音が近づいた。

「神代さん」

 胡蝶しのぶと、胡蝶カナエが立っていた。しのぶの掌には、小ぶりな薬瓶が握られている。だが、いつも凛としている二人の表情には、隠しきれない動揺が滲んでいた。

「……しのぶちゃんにカナエちゃんか。悪いが今から仕事だ。手短に頼むぜ」

 駆がぶっきらぼうに促すと、カナエが不安そうに眉を寄せ、彼の袖をわずかに掴んだ。

「神代さん……本当に行ってしまうのですね。あんな、おぞましい空の向こうへ。……私たちの治療も届かない場所へ」

「これ、持っていってください。特製の傷薬です。本当は、こんなものが必要ないくらい安全であってほしいのですが……」

 しのぶもまた、唇を噛み締めながら瓶を差し出す。その指先は微かに震えていた。駆は二人から漂う不安を振り払うように、傷薬を受け取ると、代わりに数体の仲魔を封じた「封魔管」と、走り書きのメモを差し出した。

「……これを持ってな。ヤタガラスからは許可を貰ってある。中には俺の仲魔を数体残してある。もし俺がしくじって、こぼれた悪魔が現世に這い出てきた時の保険だ。……万が一の時は、そいつらを解放して産屋敷様たちを守れ。あんたたち二人なら、十分使いこなせるはずだ」

 カナエは管を胸元で抱きしめるように受け取り、しのぶは駆の顔を真っ直ぐに見つめた。

「……信じています。ですが、どうか、生きて戻ると約束してください」

「ええ、仲良くさせていただきます。ですから神代さんも、必ず帰ってきてくださいね?」

「へっ、頼んだぜ。……行ってくる」

 拠点を飛び出した駆は、コンプを操作してスザクを召喚。紅蓮の翼を広げた聖獣の背に飛び乗り、太陽を失った漆黒の上空へ一気に舞い上がった。

「――全柱、配置に就け。南無阿弥陀仏……。神代殿が戻るまで、ここから先は何一つ通さんぞ」

 悲鳴嶼の重厚な号令が暗闇に響く中、駆の姿は黒い霧が渦巻く異界の入口へと吸い込まれていった。独り、監視対象であった「最上位悪魔」の待つ深淵へと。

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