ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
番外編:止まらぬ刻と、繋がれる意志
夜に閉ざされていた蝶屋敷に、穏やかな陽光が差し込んでいる。
あの日、上空に現れた最上位悪魔の異界。それを一人で引き受け、内側から門を閉ざした神代 駆が姿を消してから、地上では3年の歳月が流れていた。
庭先の縁側では、かつて「花柱」と呼ばれた女性、胡蝶 カナエが静かに茶を啜っている。
3年前の激闘で負った後遺症により、カナエは既に柱を引退していた。長時間の戦闘は身体が受け付けない。しかしその表情に陰りはない。今は後進の育成と、駆の帰還を待つ拠点防衛の要として、その役割を全うしていた。
「……あら。今日も元気ね」
カナエが微笑む視線の先、数本の「管」が淡く光った。
駆が去り際に託していった封魔管。中に封じられた仲魔は、駆から「胡蝶姉妹の指示に従え」と厳命されている。主不在の3年間、一度だけ発生した小規模な異界騒動においても、しのぶが独りでそれを受け持ち、駆から託された仲魔を見事に指揮して事態を収束させていた。
廊下から現れたのは、成長し、今や「蟲柱」として隊を支える胡蝶 しのぶだ。
彼女の腰には、突きに特化した独特の形状の日輪刀。懐には、駆から託された「管」が大切に収められている。しのぶは自らの剣技を磨きつつも、駆から託された仲魔を切り札として、彼の留守を守り続けてきた。
産屋敷を筆頭に、柱も一般隊員も、駆が帰ってくることを当然のこととして信じていた。
蝶屋敷にある駆の部屋は毎日清められ、装備はいつでも使えるよう手入れされ続けている。隊士の間では、駆が残した知識や、しのぶが指揮する仲魔の存在が、今や日常の一部となっていた。
一方で、鬼側はこの3年、沈黙を守っていた。
無惨は、駆を「自滅した異物」と断定。配下の鬼へ、もはや存在しないイレギュラーに構う暇があるならば「青い彼岸花」の捜索を優先せよと厳命した。童磨ら上弦もその命に従い、駆との戦いを記憶の隅に追いやり、再び花探しと人間を弄ぶ日々に戻っていた。
だが、闇の中で蠢く「人形遣い」だけは違った。
人形遣いは、この世界の情報を数ヶ月かけて集めていた。
『おかげで、邪魔者に邪魔されず、じっくりこの世界を検分できたよ』
「……しのぶ、那田蜘蛛山の応援要請、義勇と共に行ってくれるね?」
産屋敷からの伝令が届く。
しのぶは力強く頷き、駆から託された「管」の感触を確かめた。
「はい、お館様。必ず、任務を果たして参ります」
彼女たちは知らない。
地上で3年が過ぎる中、異界の内部ではわずか「半年」の月日しか流れていないことを。
そしてその半年間、駆がいたのは「狭間の領域」──そこには、偶然にも同じように時空の歪みに呑み込まれた、歴代の召喚師本人たちがいた。
外套を翻し、悪魔を封じた管を操る十四代目・葛葉ライドウ。
端末を片手に、神話の神々を平然と使役するサマナーの少年たち。
彼らとの出会いは、駆にとって幸運であり、同時に最大の試練となった。
ライドウはその鋭い剣閃と銃撃で、召喚師の「在り方」を駆に叩き込んだ。サマナーたちは、多次元的な悪魔合体の知識や、あらゆる事象を最適化する思考法を伝授した。彼らと共に強大な悪魔を討ち、時には彼ら自身と手合わせをするという、濃密すぎる「半年間」。
死線を共有し、伝説のサマナーたちと過ごした時間は、駆とその仲魔たちの存在を、かつてとは比較にならない「より上位の存在」へと昇華させていた。 ヤタガラスの手により解放された合体の秘儀は、彼らの魂をより高次へと引き上げ、神代 駆という召喚師を完成させていた。
伝説の再臨、那田蜘蛛山での再会まで、あと僅か。