ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
陽光が降り注ぐ産屋敷邸の庭。
そこには、鬼殺隊の最高戦力である「柱」たちが一堂に会していた。
彼らの視線の先にあるのは、箱に入った鬼の少女・禰豆子と、それを庇う炭治郎。
そして、蟲柱・胡蝶しのぶのすぐ傍らには、異様な威圧感を放ちながら蹲るヌエの姿があった。
「……おい。何なんだ、その薄汚ねェ化け物は。今さら姿を現しやがって」
風柱・不死川実弥が、剥き出しの殺意を禰豆子からヌエへと向けた。
他の柱たちも、3年前に神代と共に戦った経験から、これが彼の仲魔であることは知っている。だが、神代が最上位の異界を閉じるために消えて以来、この異形がこれほど露骨に姿を晒し続けるのは異例だった。
「派手に不気味だな。神代がいねェ間に随分と勝手な振る舞いじゃねェか」
音柱・宇髄天元が鋭い視線を送る。しのぶは困ったような、しかし慈しむような微笑みで答えた。
「不死川さん、宇髄さん、落ち着いてください。先日の那田蜘蛛山で、得体の知れない連中に襲われましたから。ヌエさんは、私の制止も聞かずに自発的に護衛をしてくれているのです。他の仲魔たちも、管の中でいつでも飛び出せるように控えていますし……。神代くんの恩人を守るのが、自分たちの役目だと言いたげに」
仲魔たちにとって、主の不在中に自分たちを預かり守り続けてくれたしのぶは、かけがえのない恩人だ。主が命懸けの戦いの果てに眠り続ける今、恩人を守り抜くことこそが、主の帰る場所を守ることに直結すると彼らは本能で理解していた。
そこへ、産屋敷耀哉がお出ましになった。
場が静まり返る中、耀哉はヌエに視線を向け、穏やかに微笑んだ。
「……ヌエ。神代は、まだ目は覚めないかな?」
「…………主、……眠リ……。……コノ地ニ、再度順応……スルタメ……。……マグ、……足リヌ……」
ヌエの、金属が擦れるような、たどたどしい声が庭に響く。
最上位の異界という、この世とは全く異なる理の中にいた神代。数ヶ月前に帰還したものの、その肉体と精神を再びこの世界の密度に馴染ませるには、膨大な時間と深い眠りが必要だった。
ヌエの視線がふと、炭治郎が背負う箱へと向けられた。蛇の尾が鎌首をもたげ、何かに気づいたように細く鳴る。
「…………ソレ、……戻レル……」
「……えっ? 今、何と?」
「……反転……不完全……。……人間……ニ……戻レル可能性……アル……。……デモ、説明……ムズカシイ……」
ヌエは悪魔としての鋭敏な感覚で、禰豆子の中にある「人間」の核が死んでいないことを察知していた。だが、語彙の乏しいヌエでは、これ以上の要領を得ない。
「おい、化け物! 戻れるとはどういう意味だ! 吐けッ!」
実弥が詰め寄るが、ヌエは「……主……聞ケ……」と繰り返すだけで、それ以上は口を閉ざした。
そこへ、お館様の合図を受けた「隠」たちが駆け寄ってくる。
「失礼します! 失礼します!」と連呼しながら、恐る恐る炭治郎と禰豆子を抱え上げる隠たち。彼らはしのぶの隣に座す伝説の怪物・ヌエの威圧感に震え上がり、顔面を蒼白にしながらも、必死に自分たちの職務を全うしようと頷き、工程を進めていく。
「……神代くんが目を覚まさない限り、詳細は分からないということですね」
しのぶは、ヌエさんの言葉に3年越しの希望を感じながらも、手の届かないもどかしさに唇を噛む。
炭治郎が縋るような目でヌエを見つめながら運ばれていく中、ヌエは主の不在を守るかのように、静かにしのぶの影へと寄り添い、その異質な気配を消した。
産屋敷耀哉は、空を見上げ、静かに告げた。
「……では、今は待とう。あの過酷な戦いから生還した神代が目覚め、この『答え』を解き明かしてくれる日を」