ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
「神代、少年……下がれ! この男は上弦だ、これまでの鬼とは次元が違う!」
煉獄の鋭い叫びが響く。だが、駆はその警告を背中で受け流し、一歩、また一歩と猗窩座の間合いへと踏み込んでいく。
「……何だ、お前は。鬼でも鬼殺隊でもない、妙な匂いのする人間だな」
猗窩座の鋭い眼光が駆を射抜く。その「術式展開」が、駆から放たれる闘気を捉えようとした。しかし、猗窩座の顔に微かな困惑が走る。
「……ない? 闘気が、見えないだと?」
駆は師匠の教えに従い、内面を完全に封じ込めている。その立ち姿は、まるでそこに存在しない虚空のようでありながら、物理的な実在感だけが異常に肥大化していた。猗窩座は、自身の脳裏に刻まれたある記録を呼び覚ます。
(……思い出した。三年前、童磨から報告のあった謎の存在。異形の怪物を操る、正体不明の男……。それがこの男か)
当時の報告では正体不明のままであったが、目の前の男から放たれる圧倒的な違和感は、それが現実の脅威であることを証明していた。
「神代少年! 一人で戦う必要はない! 早く君の仲魔(なかま)を呼び出すんだ、奴の力は人間が単身で抗えるものではないッ!」
煉獄は焦燥を滲ませ、再び刀を構え直す。駆の戦闘スタイルを知る彼だからこそ、この状況で生身を晒して踏み込む危うさを案じての警告だった。だが、駆は横顔に薄い笑みを浮かべただけで、ガンプを構える素振りすら見せない。
「悪魔を使えって? ……いや、こいつ相手なら、まずは自分の『体』がどこまで動くか試しておかないとね」
駆は独りごちると、懐から一振りのダガーナイフを抜き放ち、逆手に構えた。近接戦闘の才能はないと言われた。だが、それはあくまで超常の存在を基準とした話だ。
次の瞬間、駆の姿が消えた。
「──!? 速いッ!」
猗窩座が反応するより早く、駆は最短距離で懐に潜り込んでいた。
「破壊殺・空式!」
猗窩座が反射的に放った拳を、駆は最小限の動きで回避。同時に、ダガーの柄で猗窩座の顎を正確に叩き上げた。
「ガッ……!」
衝撃波を伴う連撃。才能がないと言われようと、それは魔力を練り込み、人理を超えた速度へと昇華された体術だ。駆はガンプを敢えて使わず、格闘戦で上弦の鬼を翻弄する。
右、左、そして膝。重戦車のような一撃一撃が、猗窩座の肉体を確実に潰していく。
「面白い……面白いぞ、人間! 武器も使わず、これほどまでの──」
「喋る余裕があるなら、もっと動けよ」
駆の冷徹な一喝。彼は踏み込みの勢いをそのままに、魔力を右脚に集中させた。
「……これでも食らって、少し頭を冷やしなよ」
放たれた渾身の回し蹴りが、猗窩座のガードを紙細工のように粉砕し、その胴体を捉えた。
──ズドォォォォォンッ!!
爆音と共に、猗窩座の巨体が弾丸のような速度で後方へと吹き飛ぶ。何本もの巨木をなぎ倒し、森の深奥、光の届かぬ暗がりの奥深くまで、その姿は消失した。
「……ふぅ。やっぱり、筋は良くないな。今の、もっと綺麗に抜けるはずだったんだけど」
駆は自分の足を軽く振り、不満げに零す。傍らにいた煉獄や炭治郎は、その光景に言葉を失い、ただ呆然と駆の背中を見つめるしかなかった。仲魔を呼べという忠告を無視し、文字通り「身一つ」で上弦を圧倒してみせた男の異質さに。
「……さて、トドメを刺しに行こうか」
駆が森の奥へ追撃しようと一歩踏み出した、その時。
森の暗闇から、猗窩座とは異なる「異様」な気配が溢れ出した。一つ、二つ……ではない。
「……おっと。影からワラワラと……。こいつら、鬼じゃないな」
現れたのは、漆黒の体躯に異形の翼を持つ堕天使、そして冷たい眼光を放つ魔獣の群れ。この世界の理に紛れ込んだ、召喚主を持たない野良の悪魔たちが、戦いの熱量に誘われて姿を現したのだ。その数は数十に及ぶ。
「……リハビリのメニューに『集団戦』が追加か。いいよ、こっちはこっちのやり方でカタをつける」
駆はガンプを天高く掲げ、指を鳴らした。
今度は出し惜しみはしない。この場の「格」を完全に支配するため、彼は自らのMAGを最大限に解放し、最強の守護獣を呼び出す。
「黄龍……! 力を貸してくれ。この場の不浄を、すべて光で塗り潰すよ!」
天を割らんばかりの黄金の光が降り注ぐ。
森の深奥で、金色の鱗を輝かせる四神の長がその巨体を現した。猗窩座の闘気さえも塗り潰す、圧倒的な神威。
駆は再び不敵な笑みを浮かべ、ガンプの銃口を異形の群れ、そして森の奥に潜む鬼へと向け直した。
煉獄の「忠告」という前振りを加えたことで、それを実力で裏切る駆の強さがより際立ちましたね。