ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
吉原の喧騒を遠くに聞きながら、神代駆は馴染みの茶屋で静かに杯を傾けていた。
傍目にはただの遊び客だが、彼の意識の半分は、懐に忍ばせたガンプと、そこから繋がる二体の仲魔──リリムとサキュバスの感覚に同期している。
(……サマナー。こちらリリム。今、『京極屋』の二階廊下で姿を消して(隠密)待機中よ)
脳内に直接響くリリムの声。駆は酒を口に含んだまま、小声で応じる。
「……状況はどうだ。雛鶴とは接触したか」
(ええ。彼女、部屋の掃除を装って周囲を警戒しているわ。……でも、さっきから彼女の部屋の隅に、妙な『気配』が沈んでるのよ。実体はないけれど、生理的な嫌悪感を伴う……あれ、間違いなく「上弦」の破片ね。彼女には、そこには絶対に近づかないよう念押ししておいたわ)
「……妥当な判断だ。正体が判明するまでは、観測に徹しろ。……無理に暴こうとして、彼女の命をコストにするなよ」
駆の言葉は、冷徹なまでに事務的だ。
続いて、別の置屋『ときと屋』に潜入しているサキュバスからも報告が入る。
(サキュバスよ。まきをさんと合流したわ。……彼女、気が立ってて「今すぐ斬り込みたい」なんて言ってるけれど、私が周囲の客から抜いた『記憶』を見せて、納得させたところ。……数日前、隣の部屋の遊女が消えた時の記憶ログ……あれを見せたら、彼女もさすがに顔色を変えて、今は慎重に動いてくれてるわ)
「……よし。情報の共有効率を上げろ。……まきをには、その消えた遊女の部屋の『影』を注視させろ。ただし、一歩でも影が動いたら、即座に離脱させろ。……それは『命令(コマンド)』だと伝えろ」
(了解。……あと、維持費(マグ)が少し足りなくなってきたわ。……隣の座敷の酔客から、少し多めに徴収してもいい?)
「……死なない程度なら許可する。……効率よく回収して、現界を維持しろ」
駆は、自分が座っている座敷の隣で賑やかに騒ぐ客たちを一瞥し、淡々と「エネルギーの徴収」を認める。彼らにとって、明日少し体が重くなる程度の不調は、この調査を完遂するための「必要経費」に過ぎない。
その時、連絡のために現れた宇髄天元が、駆の正面に座った。
「……おい。嫁たちとは繋がってんだろうな。……現場はどうなってやがる」
駆はガンプの画面を閉じ、宇髄を冷めた目で見据える。
「……リリムとサキュバスが、雛鶴とまきをの横についている。……今はお互いに情報を出し合って、標的の『不可侵領域』を特定している段階だ。……あんたの嫁たちはプロだ、俺の仲魔の『警告』に従って、うまく立ち回っている。……心配するな。今はまだ、誰も正体を晒すタイミングじゃない」
駆にとっては、これが「普通」の捜査風景。
仲魔を使い、嫁たちの能力をリソースとして組み込み、酒を飲みながら吉原の闇を一枚ずつ剥いでいく。
まだ牙を剥く前の、静かな情報の「相談と報告」。
だが、そのやり取りの積み重ねが、着実に上弦の首へと続く「策」を形作っていた。