ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
上弦の陸が討たれ、静まり返った無限城。
無惨は、かつてない不快感の中にいた。敗北した陸への失望以上に、彼らが最期に振るった「異質な力」の残り香が、一千年の王の自尊心を逆なでしていた。
「……猗窩座。お前が言っていた『道化』は、まだ現れぬのか。我が鬼たちに、勝手な細工を施した不届き者は?」
無惨の冷徹な問いが響いた瞬間、空間が不自然に歪み、耳障りな笑い声が城内に染み出した。
「おやおや、お待たせしましたね、無惨殿! ──いや、偉大なる『悲劇の王』とお呼びすべきでしょうか」
空中から、目に見えぬ糸に吊り下げられた人形が降りてくる。関節をぎちぎちと鳴らし、仰々しく一礼してみせるその姿は、あまりに芝居がかっていた。無惨は冷徹な眼光でその異形を射抜き、命じた。
「……貴様か。私の許可なく我が駒に小細工を施した紛い物は! 小賢しい真似はやめろ! その空虚な木偶ではなく、本体を出し、姿を晒せ!」
絶対的な王の命令。だが、人形使いはくすくすと笑い、首を不自然な角度に傾ける。
「おやっ、それはできませんね。姿を隠し、糸を引いてこそ私の『流儀』。舞台監督がわざわざ表舞台に立っては、興醒めというものでしょう?」
さらりと言い放たれた拒絶。その不敬に、周囲に控えていた上弦の鬼たちが一斉に殺気を放った。黒死牟や猗窩座、童磨たちが一歩踏み出した──その瞬間だった。
人形使いが呼び出すまでもなく、無限城の影が「意志」を持って膨れ上がり、悍ましい異形たちが勝手に溢れ出した。
魔王ベルゼブブ、死神モト、地母神カーリー、邪龍九頭龍、魔王アバドン。
それらがただ「そこに現れた」だけで、無限城の空気が物理的な重りとなって鬼たちを押し潰した。上弦の鬼たちは、戦う以前に理解させられていた。自分たちでは逆立ちしても勝てない。抵抗など何の意味も持たず、このまま直ちに、慈悲もなく殺されるのだと。
そして、それは無惨も同様だった。
一千年、あらゆる生物を凌駕してきた彼が、生まれて初めて「自分では逆立ちしても勝てない」という絶対的な敗北を、戦う前に突きつけられていた。
心臓が、細胞の一つ一つが、目の前の化け物たちに喰らい尽くされる未来を予感し、悲鳴を上げている。だが、無惨の一千年のプライドが、その恐怖に屈して膝をつくことだけは断じて許さなかった。
腸が煮えくり返るほどの怒りと、本能が告げる死の恐怖。その両端に引き裂かれながらも、無惨は氷のような無表情を張り付かせ、震えようとする肉体を強靭な精神の力だけで繋ぎ止めた。
「おやっ……コラコラ、皆さん、私の大事なゲストを怖がらせてはいけませんよ。少しばかり『控え』なさい」
人形使いが放った、一言。
暴走し嬲り殺しを行おうと動きかけていた悪魔たちが、人形使いの冷徹な声に弾かれたように動きを止め、畏怖や恐怖と共に引き下がり跪いた。その絶対的な支配力を前に、無惨は辛うじて保っていた王の威厳を握りしめ、沈黙を貫いた。
「さて……では、単刀直入に伺いましょうか、無惨殿。あなたは、太陽を克服したくないですか?」
その一言に、無限城の空気が凍りついた。
「私の『脚本』に従ってくださるなら、そんな安い奇跡、いくらでも書き換えて差し上げましょう。この箱庭を、最高に美しい劇場へ変えるためにね」