ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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因果断絶の夜

 ヤタガラスの使者が影に溶けて消えた後、産屋敷邸の広間には、かつてないほどに濃密な、しかしどこか温かな静寂が降りていた。柱たちは、駆に授けられた未知の術理「錬具術」の重圧に呑まれつつも、その視線は中央に座す青年、神代駆へと注がれている。

 駆はゆっくりと立ち上がり、産屋敷の前へと歩み寄った。そして、その場に静かに膝をつく。それはサマナーとしての傲岸さではなく、この家を敬う一人の人間としての、極めて丁寧で誠実な所作だった。

「産屋敷様。……無礼を承知で伺います。そのお身体、今の病状の本当のところを、自分に教えていただけませんか。……かなり、お辛いのでしょう?」

 駆の問いは静かだが、その瞳には慈しみがあった。産屋敷は少し驚いたように眉を上げ、やがて悟ったように穏やかな微笑を浮かべた。自らを内側から腐敗させていく呪い。今はもう、座すことすらあまねの支えが不可欠なほど、命の灯火は削り取られている。

 その過酷な事実を聞き終えた駆は、静かに目を閉じ、あまねと五人の子供たちを呼び寄せた。

「あまね様。……そして、お子様方。どうか、産屋敷様の周りへ集まっていただけますか。……大丈夫です、決して怖いことではありませんので」

 駆は一度言葉を切り、真っ直ぐに主を見据えた。

「本来、デビルサマナーが人の業にここまで干渉するのは禁忌ですが……。あいつらの不手際で自分がここにいるのなら、一つくらい、自分の我儘を通させてもらいます。……異界の存在である自分を、ここまで受け入れ、良くしてくださった皆様への恩義に報いたいのです。産屋敷様、そして皆様の未来を、自分に預けてください」

 駆がガンプを掲げた瞬間、凄まじい密度の魔力が解放された。

 駆の身体から、奔流のような黄金の光が溢れ出し、虚空へと伸びていく。それは生体エネルギー、すなわちMAGの流れであった。

 かつて駆の仲魔を使役した経験があり今も共にいるしのぶは、その輝きが駆自身の生命を削り出すような「枯渇」の寸前であることを確信し、隣のカナエもまた、その凄まじい輝きを見て3年前と同じ消耗を予測して唇を噛んだ。一度共に修練の間を潜り抜けた悲鳴嶼と、最上位の回復スキルを直に受けた宇髄は、駆の身体から溢れ出す黄金の粒子が段々とに薄く、鋭く尖っていることから、彼の限界が近いことをうっすらと把握していた。

「──現れろ、大菩薩!」

 光の渦が収束し、顕現したのは最高位の守護神。背後に背負う巨大な後光は、広間の闇を焼き尽くし、その存在そのものが法の裁定者としての重圧を放っている。

 悲鳴嶼は激しく落涙して平伏し、他の柱たちも神仏そのものを目の当たりにしたかのような衝撃に打たれた。大菩薩がその錫杖を地に突き立てると、一族を千年間縛り続けてきたどす黒い因果の鎖が実体化し、次の一喝でそれは一滴の残滓もなく霧散した。

 呪いの根源が解け、産屋敷の顔から病的な濁りが消える。しかし、駆は沈痛な面持ちで主の前に深く頭を下げた。

「……産屋敷様。呪いの根源は、今、完全に断ち切りました。ですが、どうしても……すでに蝕まれてしまった貴方の寿命だけは、お返しすることができませんでした。……申し訳ありません……」

 絞り出すような駆の謝罪。だが、産屋敷は自由になった右手で駆の頭を優しく撫で、最高の微笑みを浮かべた。

「顔を上げておくれ、駆。君は、私たちが千年間願い続けてきた『明日』を、この子たちにくれたんだ。……ありがとう、駆。君は、産屋敷一族の救世主だ」

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