ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
産屋敷邸を後にした駆としのぶは、里への出発に備え、近隣の古い社に立ち寄っていた。
そこには、かつての召喚師たちが修行の場として切り出した異界――『修練の間』へと繋がる門が、今も細く開いている。
「少しの間、ここで集中させてくれ。MAGをある程度回復しておきたいんだ」
駆の言葉に、しのぶは静かに頷いた。
二人は共に異界へと足を踏み入れる。入り口に近い浅い階層で、現れる低級悪魔を駆のガンプが正確に射抜いていく。
霧散する残滓から蒼い燐光が立ち昇り、駆の全身の回路を半分ほど満たしたところで、彼は足を止めた。
「しのぶちゃん、キミはここで待っていてくれ。ここなら悪魔も入ってこれない『安全地帯(ターミナル)』だ。……ここから先は、より強力な悪魔が潜んでいるから。俺一人で行かせてほしい」
「……分かりました。無理はしないでくださいね、神代さん」
しのぶを安全な場所に残し、駆は一人、修練の間のさらに深い階層へと潜っていった。
ガンプの引き金を絞り、淡々と、確実に敵を排除していく。
……これで十分だ。里へ向かう準備はある程度整った。
十分にMAGを溜め、元来た道を引き返していた時のことだ。
安全地帯まであと少しという曲がり角の先で、駆は異様な魔力の揺らぎを察知した。
「なんだ……!?」
反射的にガンプを構え、影から飛び出した駆が目にしたのは、信じがたい光景だった。
そこには、軽やかな身のこなしで悪魔の攻撃をいなす、しのぶの姿があった。
安全地帯で待っているはずの彼女が、なぜこれほど深い階層まで来ているのか。
驚愕する駆の目の前で、彼女の周囲を――駆が預けた覚えのない悪魔たちが、まるで彼女の四肢の一部であるかのように、完璧な連携で動いていた。
地霊アズミが地面を割り、おしろいばばあが白い霧で敵の視界を奪う。その隙を突き、エンジェルが放つ光の矢が敵を浄化した。
「……アズミに、おしろいばばあ……それに、エンジェルまで。……嘘だろ!?」
駆は戦慄した。
三年前、カナエから「しのぶが一人で解決した」という報告を受けた時、駆は無意識に自分にとって都合の良い解釈をしていた。
自分が彼女に預けた仲魔たちが、自らの判断で彼女を守り、事態を収拾したのだろうと。
だが、現実は違った。
悪魔たちは自己判断で動いているのではない。
彼女の意思を寸分違わず汲み取り、その支配下で完全に『使役』されていた。
「神代さん? 難しい顔をして、どうしたんですか?」
最後の一体を片付け、何事もなかったかのように微笑むしのぶちゃん。
そのあまりの自然さが、今の駆には恐ろしかった。
「……いや、なんでもない。……あぁ、そうだ」
駆は努めて普段通りの、淡々とした口調を保とうとした。
だが、その声には自分でも気づくほどに、微かな震えと戸惑いが混じっていた。
「……しのぶちゃん。俺は、もう少しだけここで調整していく。……キミは、先に戻って休んでいてくれないか」
「……? 私もここでお手伝いしましょうか?」
「いいんだ。キミは柱としての仕事も、蝶屋敷の管理も残っているだろう。……これ以上、俺の勝手に付き合わせるわけにはいかない。一人の方が……捗るから」
しのぶは不思議そうに目をしばたたかせたが、駆の様子に何かを察したのか、深追いはせずに「分かりました。では、お言葉に甘えて」と微笑んで踵を返した。
彼女の背中が異界の霧に消えるまで、駆は動けなかった。
ガンプを握る手が、今さらになってひどく冷たく感じられる。
(俺の思い込みだった。仲魔が勝手に動いていたんじゃない……)
彼女自身が、あの時から既に『召喚師』として、駆の仲魔すらも自分の手足として扱っていた。
カナエの報告の真意を、ようやく理解した。それと同時に、自分への激しい怒りが込み上げる。
(自分の至らなさで、彼女にまでこんな過酷な道を歩ませることになってしまった。……キミに、この力は毒でしかないはずなのに)
駆の胸を、鋭い自責の念が貫いた。
彼女が自分と同じ『人ならざる理』に染まっていくことへの、拭いきれない強い懸念が、駆の心に暗い影を落としていた。
この小説のオリジナルとして胡蝶しのぶのサマナーの才能がありそれが覚醒しているのが発覚しました。