ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
里の夜を切り裂くような静寂。
部屋の隅でガンプの手入れをしていた駆が、無造作にそれを腰へ差し、立ち上がった。
その視線は、眼前の障子ではなく、さらにその「先」にある空間の歪みを射抜いている。
「……最悪だ。鼻が曲がりそうだぜ、このMAGの臭いは」
「……えっ? 神代さん、どうしたんですか……?」
炭治郎が問い返すより早く、部屋の空気が「重圧」へと変質した。
ただの鬼の殺気ではない。空間そのものが歪み、どす黒い魔力(MAG)が床下から這い出してくる。
「におうだろ、炭治郎。……こいつら、『人形師』と取引しやがったな。あの姿を見せない引きこもりから、中級悪魔の力を『前払い』として受け取ってやがる」
駆の言葉に応えるように、障子が音もなく開いた。
そこにいたのは、壺から這い出した異形の鬼──上弦の伍・玉壺と、怯えた表情で佇む老人──上弦の肆・半天狗。
「ひょっひょっ……こんばんは。お邪魔するよ。あの方……人形師殿が仰った通り、ここには私の『素材』に相応しい者が揃っているようだ」
玉壺が嗤った瞬間、その肉体が脈動し、皮膚の下から黄金の術式が浮かび上がった。
背後に揺らめくのは、中級悪魔『龍王ミズチ』の幻影。人形師が「闇の区画」から送り込む魔力の糸が、鬼の細胞を無理やり書き換え、本来の血鬼術を超えた「水と冷気の理」を付与していた。
「……炭治郎、無一郎! 下がれ! こいつらはもう、ただの上弦の鬼じゃない。あのアホの人形使いが貸し与えた『理』で、物理法則そのものが歪められてるぞ」
駆はガンプのシリンダーを弾き、魔力を臨界まで充填した。
「炭治郎、あんたたちはその爺さん(半天狗)を外へ追い出せ! 分裂した各個体が、それぞれ中級魔法を叩き込んでくるはずだ。……修行で教えた『理』をぶつけて、その借り物の力を叩き潰してこい!」
「……分かりました、やってみます!」
炭治郎が叫び、無一郎が半天狗の首を撥ねようと踏み込む。
だが、斬られた瞬間、人形師の遠隔術式が火花を散らし、積怒と可楽が誕生した。
可楽の扇が巻き起こす風圧には、中級衝撃魔法の圧力が乗り、家屋が塵となって消し飛ぶ。
吹き荒れる魔力の嵐。
その中心で、駆は目の前の玉壺──人形師との「取引の証」を纏った異形を、冷たく見据えた。
「ひょっひょっ……! 見たまえ、この肉のうねり! 先ほど仕留めた鬼殺隊の小僧どもだ。死してなお、私の『芸術』の一部になれるとは、これ以上の誉れはあるまい!」
玉壺が壺から掲げたのは、数人の隊士たちの遺体が歪に縫い合わされた、正視に耐えない「作品」だった。
炭治郎が激昂し、無一郎の瞳から光が消える。
だが、それよりも早く、駆から放たれる殺気が絶対零度まで場を凍りつかせた。
「……おい。その美術家気取りの薄汚ねぇもんを、俺に見せるな」
駆の声は、驚くほど静かだった。
彼はガンプのシリンダーを叩きつけるように回転させる。その瞳に宿るのは、師匠から教わった「感情を隠す」術さえも突き抜けるほどの、純粋な嫌悪。
「芸術? 笑わせるなよ。……お前のやってることは、ただの『死体弄り』だ。反吐が出る。……それと、あいつ(人形師)に伝えておけ。こんな安物のチップで俺に勝てると思うなよ」
引き金が引かれた瞬間、空間が黄金の幾何学模様に割れ、天上の裁きを体現した異形が降臨した。
「焼却しろ。──上位大天使、ソロネ」
燃え盛る車輪と無数の翼を持つ天使。
その神々しいまでの光圧が、玉壺の放つミズチの魔力を一瞬で霧散させる。
「なっ……何だこの光は!? 私の最高傑作が、色褪せていく……っ! 貴様、何をしたぁぁ!」
「浄化(クリーニング)だ。……お前みたいな不浄が、この世に残っていい道理はない」
駆が指を鳴らす。
ソロネの放つ万能魔法『メギドラオン』が、爆音と共に玉壺の「作品」を、そして玉壺自身を白光の渦に呑み込んだ。中級レベルの借り物の力など、上級の裁きの前には塵に等しい。
「あ、あ、あああああ……っ! 私の……私の芸術があぁぁ……!!」
玉壺が光の中に消えていく中、駆は背後の炭治郎たちを振り返ることもなく叫んだ。
「炭治郎! 無一郎! 蜜璃ちゃん、玄弥! こっちは片付いた。外の爺さん(半天狗)を追え! 修行で教えた『理』を、その日輪刀に宿してぶつけろ!」