ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
その夜、神代駆は帝都外縁部の屋敷跡で、数名の一般隊員と共に任務に当たっていた。
この一ヶ月、彼は拠点の設営、龍脈の調査、そして夜ごとの鬼狩りと、休息は取っていたがサマナーに必要なMAG(マグ)がとうに限界を超えて枯渇寸前になっていたが、その顔色は驚くほど平然としており、冷徹なまでの「余裕」を崩していなかった。
「……よし、ここの残滓は片付いた。あとは処理班に引き継げ」
「は、はい! ありがとうございます、神代さん! ……それにしても、神代さんは本当にお強いですね。疲れすら見せないなんて……」
隊員の言葉を鼻で笑い飛ばしたその時、索敵に当たらせていた仲魔のガキ(餓鬼)が、駆の耳元で切迫した声を上げた。
『駆! 北西の寺だ! とんでもねえ化け物の気配がしてる! 胡蝶のお姉さんの灯火が、今にも消えそうだぜ!』
駆の目つきが僅かに鋭くなる。だが、周囲の隊員たちにはその動揺すら悟らせない。
「……チッ、時間外勤務か。全員、ここは任せた。俺は北西へ向かう」
駆は悠然とした足取りで歩き出すと、死角に入った瞬間に銀狼・真神を召喚し、その背に跨って闇を裂いた。
北西の寺院。そこには、地獄のような光景が広がっていた。
「あはは、凄いね。まだ立つんだ? 肺が凍って、内臓もズタズタのはずなのに」
虹色の瞳を持つ鬼が、邪気のない笑顔で扇を振るう。
対する胡蝶カナエは、折れた刀を杖代わりに、辛うじて立ち上がっていた。隊服は切り裂かれ、その下から覗く肌は凍傷でどす黒く変色している。一呼吸ごとに、血の混じった霧が彼女の口から零れた。
「私は……まだ……」
「いいよ、もう。楽にしてあげる」
鬼が扇を仰ぎ、無数の氷の刃がカナエへ降り注ぐ。死を覚悟し、彼女が静かに瞳を閉じた――その瞬間。
『ヒーホー! させるかホー!!』
カナエの影から飛び出したジャックランタンが、爆炎の壁を築いて氷を蒸発させた。
「……え? 影の中から、カボチャ……?」
驚愕する童磨とカナエの頭上から、空気を引き裂く重低音が響き渡る。
「――ジャック、よく耐えた。あとはプロの仕事だ」
漆黒のロングコートをなびかせ、真神の背から着地した駆は、一ヶ月の疲労など微塵も見せず、平然とガンプを構えた。
放たれた属性【物理】のクリティカル弾が、童磨の足元を爆砕し、その細い身体を後方へと弾き飛ばす。
「……神代、さん……?」
力尽き、崩れ落ちるカナエの身体を、駆は左腕でしっかりと受け止めた。伝わってくる体温の低さに、駆は内心で奥歯を噛み締める。相手が何者かは知らない。だが、知り合いをここまで傷つけた落とし前は、死んでもつけさせねばならない。
「……悪い、遅くなったな。あとは俺が引き受ける。……お前の命(しごと)、確かに預かったぜ」
駆はボロボロになったカナエを背後に守り、不敵な笑みを浮かべて鬼を睨み据えた。
枯渇寸前の魔力と、限界を超えた肉体。
それを全て鉄の意志で封じ込め、神代駆は「最強のサマナー」として、童磨の前に立ちはだかった。