ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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湯煙の戦慄、微笑みの幻影

 上弦二体という絶望的な襲撃。しかし、駆が展開した「露払い」の悪魔たちと、地獄の特訓を完遂した炭治郎たちの奮闘により、刀鍛冶の里の被害は驚くほど軽微に抑えられていた。

 「……ふぅ。異界の魔力が薄いこの世界じゃ、こうして地脈のエネルギーを直接吸い上げるのが一番早いな」

 激戦を終え、一時的に底を突いたMAG(魔力)を回復させるため、駆は里の奥まった場所にある隠し湯に浸かっていた。ガンプを通じて消耗した魔力が、温泉の熱と共にじわじわと細胞に充填されていく。

 (……さて、次はどの上弦が来るか。人形師の野郎、次はもっと質のいい悪魔(素材)を送り込んできそうだが……)

 湯気に巻かれながら、そんな「デビルサマナー」らしい思考を巡らせていた時──。

 岩を隔てた向こう側から、鼓膜を甘く刺激する、あまりにも聞き覚えのある声が響いた。

 「あぁ〜、極楽極楽っ! 戦いの後の温泉って、どうしてこんなに気持ちいいのかしらぁ……! 身体の芯までトロトロに溶けちゃいそう!」

 弾むような、そして天然ゆえに無自覚な色気を孕んだ声。

 駆の思考回路が、一瞬でオーバーヒートを起こして完全停止した。

 (……蜜璃ちゃんだ。……嘘だろ、まだ里に残ってたのか!?)

 気配を消してやり過ごそうとした、その時。

 不運にも、湯気で視界が遮られた甘露寺が、岩の隙間から「男湯との境界線」をうっかり踏み越えてしまった。

 「あ、あれっ? こっちって……。きゃっ、誰かいるの……?」

 視界を支配するのは、揺れる桃色の髪と、湯気に濡れて「情熱的な曲線」を描く、あまりにも致死量に近い桃色の肢体。

 「…………あっ。神代さん!?」

「…………よお。いい湯だな(棒読み)」

 駆の脳内では、現在進行形で過去最大級のパニックが発生していた。

 目の前の光景に動揺しているのではない。彼の脳裏には、この状況が「ある人物」に知れた時の光景が、驚くほど鮮明な4K画質の幻影として浮かび上がっていたからだ。

 ──背景には、いつもの柔和な微笑みを湛えたしのぶ。

 だが、その瞳の奥には魔界の深淵を感じさせる「無」が宿り、手には特製の猛毒を塗布した日輪刀。背負った蝶の羽織が怒髪天を衝く勢いで逆立ち、背後にはどす黒い般若のオーラが銀河規模で渦巻いている。

 『あらあら、神代さん。……温泉で蜜璃さんと秘密の特訓の予行演習ですか? とっても楽しそうですね。……三秒以内に地獄へ堕ちますか? それとも私が直接送り届けてあげましょうか? (暗黒微笑)』

 (……っぶねえええ!! 殺される! 物理的にじゃなくて、存在そのものを『無』に書き換えられるレベルで消されるッ!!)

 駆の心臓は、昨夜に戦ったキメラの咆哮よりも激しく打ち鳴らされていた。だが、ここで動揺を見せればサマナーの名が廃る。彼はミリ単位で表情筋を統制し、いつもの不敵で、どこか食えない「余裕のある男」の仮面を被り直した。

 「……蜜璃ちゃん。悪いが、そこは男湯だ。……あんまり無防備に近づくと、その、飢えた狼(俺)が理性をかなぐり捨てかねないぜ?」

 あえてキザな台詞と共に、不敵な笑みを浮かべてみせる。

 「きゃあああああかっ!! ごめんなさい、ごめんなさい神代さん! 私ったら、なんて破廉恥なことを……! でも、神代さんの逞しいお背中、とっても、その……素敵だったわぁぁ!!」

 顔をリンゴよりも真っ赤にして、脱兎のごとく走り去る甘露寺。

 その足音が完全に遠のくのを待ち、駆は魂が口から抜けかけたような溜息をついて湯船に沈んだ。

 「……心臓に悪い。人形師の放った上位魔法の方が、まだ回避のしようがあったぜ」

 脳裏にこびりついた「般若の顔をしたしのぶ」の幻影を必死に振り払いながら、駆はさらに深く温泉へと潜り込んだ。

 もし今の光景が「鎹鴉」にでも見られていたら──。

 駆は、次なる上弦との戦いよりも、今後起こり植える絶望的なミッションに、冷や汗を流し続けるのだった。

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