ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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悲劇の修行時代

 一般隊士たちがゴズキ・メズキの猛攻に阿鼻叫喚の声を上げているその頃。さらに深い階層──空間さえも捻じ切れた「修練の間・最深部」では、八人の柱たちが、鬼殺隊の歴史上で最も理不尽な戦闘に身を投じていた。

「……あァ? 何やあんたら、動きが硬いな! そんなんじゃうちの弟子の修行の足元にも及ばへんで!」

 戦場に響き渡るのは、雅な姿に似つかわしくない、コテコテの大阪弁。影の国の女王、魔神スカサハである。彼女は槍をぶん回しながら、飴ちゃんでも配るような気軽さで上位魔法を乱射していた。

「ほら、おまけや! 『マハザンダイン(上位衝撃)』! どないや、涼しくなったか?」

 真空の嵐が、岩柱・悲鳴嶼の鉄槌を弾き飛ばし、風柱・実弥の体を引き裂く。

「……ッ、この女、喋りながらこれほどの威力を……!」

「文句言うてる暇あったら動かんかい! クー・フーリン、あんたもシャキシャキしなはれ! 駆ちゃんがまだガキやった頃の方が、もっと必死に食らいついてきたで!」

 女王の叱咤に応え、若き英雄、幻魔クー・フーリンが光の速度で戦場を駆ける。

「──案ずるな、柱の殿方。我が槍は、貴殿らの命を無駄に散らすためのものではない。だが、死の淵を見ぬ者に真の理は掴めぬ。主の愛弟子である駆が潜り抜けたこの試練、貴殿らが越えられぬ道理はあるまい。……いざ、尋常に勝負!」

 光の速度で繰り出される刺突。上位物理スキル『冥界破』が空間を削り取り、無一郎の霞の衣を真っ向から引き裂いた。

「……っ、速い……! 捉えたと思ったのに、もう懐に……!」

 武人として敬意を払いつつも、一切の手加減をしない。回避した先にはスカサハの呪殺魔法『ムドオン』が待ち構え、逃げ場のない爆発『メギドラオン』が八人の柱を地面へ叩きつけた。

「あかん、あかん。そんな甘い回避じゃ、死後の世界でも笑われるで。……はい、お口直しに全快や!」

 後方に控えた上位天使が放つ『メディアラハン(全回復)』。傷を癒やされ、再び「女王の説教」と「武人の槍」の前に立たされる絶望のループ。

「……はぁ……はぁ……。神代、貴様……本当に、こんなのを、毎日やっていたのか……!」

 実弥が血走った目で、観戦席の駆を睨む。駆は懐かしそうに目を細め、リンゴを齧りながら答えた。

「ああ。スカサハ様に魔法で焼かれ、クー・フーリンに物理で解体される。……この人たちは俺の師匠の誇りだ。手加減なんて言葉は、彼らの誇りが許さないのさ」

 すると、槍を休めたスカサハが、意地悪く口角を上げた。

「……あ、そうや。あんたらにええこと教えたるわ。駆ちゃんが修行してた時はな、うちとクー・フーリンだけやなかったんやで? うちの主──駆ちゃんの魔術の師匠やな。それから、この子に近接戦闘を教えた別格の師匠……その二人が加わって、計四人がかりで毎日この子を肉片になるまでシバき倒してたんや。……それもな、この部屋の時間を『外の一時間が中の一年』に設定してな!」

 その瞬間、修練の間に凍り付くような沈黙が流れた。

 今、柱8人がかり(別の修練や薬の調整があるしのぶを除いた面々)でも死力を尽くしているこの地獄が、さらに倍の人数で、しかも気が遠くなるような年月、絶え間なく続いていたという事実。離れた位置でリンゴを齧っていた駆の手が、ぴたりと止まる。

「……スカサハ様、その話は今しなくていいでしょう」

「何言うてんねん、アンタはウチの自慢の弟子の1人やで。あんた、あの頃は一日に百回は『もう殺してくれ』って泣いてたやんなぁ?」

 スカサハの暴露に、柱たちの視線が駆へと集中した。そこにはこれまでの敬意や対抗心を通り越し、種族を超えた「同情」と「哀れみ」、そして巨大な「おまいう(お前が言うな)」の念が混ざり合っていた。

「……神代。お前……よく、正気でいられるな。俺なら三日で精神が腐り落ちてるぜ」

 不死川実弥が、初めて戦慄を込めて呟いた。

「一時間が、一年……。それを四人がかりで……。南無阿弥陀仏……神代殿、貴殿が時折見せるその虚無感の正体を、今知りました……」

 悲鳴嶼行冥が、滝のような涙を流しながら深く頭を下げる。

「ネチネチと言って悪かった……。君の人生に比べれば、私の執着など砂粒のようなものだ。……よくぞ、壊れずにいてくれた……」

 伊黒小芭内が、心底申し訳なさそうに視線を伏せる。相棒の鏑丸までもが、悲しげに駆を労わりの視線で見つめていた。

「神代さん……私、もう神代さんのこと怖いなんて思わないわ……。これからは、もっと優しくしてあげるからね……!」

 甘露寺蜜璃が、母性すら感じさせる慈愛に満ちた目で駆を見つめる。

「……神代。すまなかった。俺は……お前の苦しみの万分の一も理解していなかった」

 冨岡義勇が、一歩前に出て、痛切なまでの謝罪を口にした。その瞳には特大の同情が揺れている。

「……一時間が一年……。僕の失った記憶よりも、君の刻んできた記憶の方が、ずっと残酷だね……」

 時透無一郎が、感情の欠落した瞳に微かな痛みを宿らせた。

「派手、だな……。派手すぎて、もはや笑えねえよ。お前、よく今日まで生きててくれたな……」

 宇髄天元が、駆のあまりの「業」の深さに絶句する。

「凄まじいな! 神代少年! 君の不屈の精神に、俺は心からの敬意を表する! 辛かっただろう、よく頑張ったな!」

 煉獄杏寿郎が、どこまでも優しい眼差しで駆を肯定するように叫んだ。

「……若、済まぬ。俺もあの時は女王の命令でな……。まさかこれほど同情されることになるとは」

 クー・フーリンさえも、気まずそうに槍の石突きで地面を叩いた。

「……おい、やめろ。そんな『可哀想な子を見る目』でこっちを見るな! 冨岡、お前が一番目が重いんだよ! 訓練中だろ! ほら、再開だ!」

 駆は顔を真っ赤にし話題を逸らそうとした。しかし、柱たちの彼に対する扱いは、この日を境に決定的に「壊れ物を扱うような優しさ」を含んだものへと変わってしまうのであった。

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