ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
冷たい月明かりが竹林を白く照らす夜。産屋敷邸の奥深く、その男は音もなく現れた。
「……ようやく、この時が来た。産屋敷。貴様の醜い面を拝むのも、これで最後だ」
千年の宿敵、鬼舞辻無惨。
その瞳に宿るのは、一族への執着と勝利を確信した傲慢な悦び。だが、無惨は踏み出した足を止め、不快そうに目を細める。
目の前に座る産屋敷耀哉からは、かつて一族を縛り付けていた「呪い」の気配が、塵一つ残らず消え去っていたからだ。
「……何をした、産屋敷。貴様らの一族を蝕んでいたはずの因果は、どこへ消えた」
「……あぁ。彼が、我らを縛る宿痾を上位の理によって上書きしてくれたのだよ。……もっとも、私自身の命の灯火までは、変えられなかったがね」
無惨がその言葉の真意を理解する前に、大気が爆ぜた。
「──仕事中なんだわ。夜間に勝手に人様の家に入ってくんなよ、この不法侵入者が!」
無慈悲な声と共に、無惨の視界が黄金の幾何学模様に染まる。
神代駆がガンプのシリンダーを弾きながら、影から躍り出た。彼が放ったのは、圧縮された魔力を物理的な質量へと変換し、因果ごと爆砕する。それは、この世界の法則では干渉不可能な、絶対的な殲滅の理であった。
「なっ……!?」
轟音と共に、産屋敷邸が無惨を飲み込むように崩落する。
だが、それは爆弾などではない。駆が事前に展開した強力な防御結界が産屋敷夫妻を完璧に隔離し、余剰エネルギーのすべてを無惨一人に叩きつけた。
「……おのれ、神代駆ッ!!」
爆風の中で無惨が駆の名前を呪うように叫ぶ。だが、その声はさらなる衝撃にかき消された。
駆の放った「上位の理」は、無惨の肉体だけでなく、彼の持つ「鬼の始祖としての再生能力」そのものに一瞬の停滞を強いたのだ。
「──今だ、珠世さん!!」
駆の咆哮。
その攻撃によって生じた、始祖としてあり得ざる一瞬の防御の空白。
駆の魔力支援を受けて視認不可能な速度へと加速した珠世が、爆炎の渦を切り裂き、無惨の懐へと潜り込んだ。
「──おのれ、鬼舞辻無惨ッ!!」
「……あ、が……っ!? これ、は……」
無惨の腹部に、珠世の拳が深くめり込む。
その拳に握られていたのは、駆が異界の素材を提供し、カナエやしのぶと共に練り上げた『人間返りの薬』。
駆の先制攻撃がなければ、珠世がこれほど深く無惨の肉体を捉えることは叶わなかっただろう。
「……やはり貴様か、神代駆ッ! どこまでも私の悲願を汚し、邪魔をする余所者が……!!」
激昂する無惨。そして、この攻撃を合図に、周辺に待機していた「九人の柱」たちが集結する。
岩柱・悲鳴嶼を筆頭に全盛期の力を凌駕する布陣。
「準備はいいな、しのぶちゃん。……君がサマナーの力に目覚めた意味、ここで見せてやれ」
駆の隣に降り立った胡蝶しのぶが、覚醒した魔圧を纏い、不敵に微笑む。
「ええ、駆くん。……私たちの力、鬼の始祖相手にどこまで通じるか、楽しみですね」
「おのれェ……!! 貴様らだけは、跡形もなく噛み潰してくれる!!」
怒り狂う無惨の咆哮と共に、足元の地面が底抜ける。
鳴女の琵琶が響き、崩壊した邸の跡地が奈落の底──『無限城』へと姿を変えていく。
「……あはは、いい顔だね、鬼舞辻無惨。……さて、ここからは先達が来るまでの時間稼ぎだ」
駆は砂の味のするリンゴを咀嚼しながら、最強の柱たちと共に、暗黒の深淵へと真っ逆さまに落ちていった。