ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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極寒の英雄、虚飾の撤退

「あはは! 凄いね、その鉄の礫。俺の氷をそんなに簡単に砕くなんて!」

 砕け散った氷蓮の破片が舞う中、虹色の瞳を持つ鬼――童磨は、邪気のない笑顔で扇を振るう。

 対する神代駆は、重傷のカナエを左腕で支えたまま、涼しい顔でガンプを構え直した。その顔色は驚くほど平然としており、一ヶ月間、働き続けている為のMAGの消耗など微塵も感じさせない。

(……チッ、何だこの冷気は。吸うだけで内臓が凍りそうだ。ジャックじゃ出力が足りねえな……)

 駆は相手の正体も、能力も判別していないがただ、眼前の怪異が「今の自分の現状だと極めて質の悪い脅威」であることだけを理解していた。駆は画面から、本来の任務用に調整していた存在の項目をタップした。

「おや、次は何を出すんだい? 君、すごく面白いね」

「……あまり安売りはしたくないんだがな。特別に見せてやるよ、エリンの英雄の輝きを」

 駆は内心の焦りを一切表に出さず、静かに奥歯を噛み砕いた。

 瞬間、寺院の極寒が、天から降り注ぐような熱波によって上書きされる。

「――来い、属性【火炎】の守護者。『フィン・マックール』!」

 黄金の剣を携えた気高き戦士が現出し、一振りで押し寄せる氷を蒸発させた。同時に、駆の視界が急激に明滅する。フィンの維持だけで、血管から直接熱を奪われるような凄まじいMAGの消費。脳が悲鳴を上げている。

(……MAGが空っぽだ。だが、一瞬でも顔に出せば、こいつは即座に畳み掛けてくる……!)

 駆は、師匠の不遜な声を思い出していた。

『いいか、サマナーは「神秘」そのものだ。神秘の底が見えた瞬間、そいつはただの奇術師に成り下がってしまう。死ぬまで余裕の面(ツラ)を崩すんじゃないぞ』

 駆は、震えそうになる膝を強引に固定し、不敵な笑みさえ浮かべてガンプを肩に担いだ。

「さて、氷使いのイケメンさんよ。俺の火遊びに付き合う体力、残ってるか?」

「あはは! 凄い、凄いよ! 君の術、もっと見せてほしいな!」

 童磨がさらに巨大な氷の彫像を繰り出すが、駆は動じない。フィンの剣が火炎を撒き散らし、氷を相殺し続ける。だが、限界だった。駆は「余裕を残して引き上げる」フリをして、最期の命令を下す。

「……あいにく、今夜の『調査』はこれで完了だ。フィン、焼き払え!」

 フィンの剣が地に突き立てられ、爆炎の結界が周囲を真っ赤に染め上げた。童磨の視界を炎のカーテンが遮る。駆はその隙に、ボロボロのカナエを真神に乗せ、自分も隣に並んで歩き出した。

 決して走らない。背中を見せない。

 堂々と、悠然と闇へ消えていく。童磨はその底知れぬ「余裕」に、未知の伏兵の存在を本気で警戒し、深追いを避けて夜の闇へと消えていった。

 戦域を離れ、数キロ。蝶屋敷の灯りが見えた。

 駆は依然として顔色一つ変えず、冷徹なまでの足取りで門を潜る。

「神代さん! 姉さんは!? ……ああっ、姉さん!!」

 駆け寄るしのぶに、駆は淡々と告げた。

「お姉さんは少し冷えすぎた。……あとの介抱は、プロのあんたの仕事だぜ」

「神代さん……あなた、怪我は……?」

「俺か? 掠り傷もねえよ。じゃあな、俺は拠点で報告書を書かなきゃならん」

 不敵な笑みを残し、駆はしのぶの静止も聞かずに闇の中へ消えていった。

 ――そして、自分の拠点である離れ。

 戸を閉め、閂を下ろした、その瞬間。

 「神秘」を演じ続けていた鋼の精神が、ぷつりと切れた。

 ガンプを握っていた指から力が抜け、膝から崩れ落ち、そのまま冷たい板の間に顔を伏せる。

「……は……っ、あ……」

 喉の奥からせり上がる血の混じった吐息。顔色は土気色に沈み、全身から冷や汗が噴き出す。

 師の教え通り、誰にも弱みを見せないまま。

 神代駆は、枯渇したMAGと一ヶ月の疲労の底へと、意識を沈めていった。

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