ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
葛葉ライドウがその場に立ち、静かに抜刀した瞬間、黒死牟の脳裏には数百年前の光景が鮮烈に蘇っていた。
静謐にして苛烈。天の理をそのまま人の身に宿したかのようなその佇まいは、彼が永遠に、死してなお、届くことを願い、そして呪い続けた実の弟──継国縁壱のそれと重なった。
「……あな、恐ろしや……。我が宿命よ、今一度、あの日の『理不尽』を私に突きつけるか……」
黒死牟は震える手で、フツヌシの呪いを宿した異形の刃を構え直した。
これはもはや、無惨のための戦いではない。人形師が用意した舞台ですらない。
彼にとってライドウは、時空を超えて再び現れた「縁壱」そのものであった。この男を斬り伏せ、その魂を否定すること。それこそが、彼が人間を捨ててまで求め続けた「弟を超える」という悲願の唯一の証明であった。
ライドウは語らない。ただ、懐から取り出した封魔管から、猛々しい荒神の気配を解き放った。
「召喚──スサノオ」
顕現したのは、神話において八岐大蛇を討ち果たした、荒ぶる神の霊威である。ライドウはその巨躯を顕現させるのではなく、その神威のすべてを自身の愛刀へと宿した。
刀身が、神罰を思わせる青白い雷光を帯びて唸りを上げる。
「……いざ」
ライドウの短い言葉と共に、侍同士の一騎打ちが始まった。
黒死牟の放つ「月の呼吸」は、フツヌシの理によって空間そのものを断ち割る無数の斬撃と化す。しかし、スサノオの力を宿したライドウの剣閃は、そのすべてを正面から、一切の無駄なく叩き伏せていった。
火花が散るたびに、無限城の床が、壁が、次元ごと削り取られていく。
黒死牟は歓喜していた。
この圧、この絶望。これこそが、かつて彼が愛し、同時に憎み抜いた「本物の強者」との対話であった。
「超える……。お前を斬り、私は……ようやく……真の侍へと……!」
全身を刃へと変え、極大の斬撃を放つ黒死牟。だが、ライドウの瞳は、その奥にある「弱さ」と「執着」を見通していた。
スサノオの雷光が、黒死牟の振るう月の刃を根本から粉砕する。
ライドウの抜刀一閃──「天叢雲」の理を宿した一撃が、黒死牟の首を、そして彼を縛り続けていた数千の嫉妬ごと真っ二つに断ち切った。
崩れゆく黒死牟の体から、異形の武装が剥がれ落ちていく。
地面に転がったのは、かつて弟から贈られた、古びた笛であった。
「……私は、何のために……生まれてきたのだ……。私はただ……お前になりたかった……だけなのだ……」
消滅していく黒死牟の視界の端に、ライドウは静かに刀を納める姿を見せた。その背中は、かつて彼が追いかけ続けた弟の背中と重なり、そして静かに遠ざかっていく。
「……見事だ」
人形師は、その無言の幕引きに、ただ深く一礼した。
数百年の嫉妬が、異界の神を宿した剣士の手によって、ようやく「侍の誇り」へと還元された瞬間であった。