ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
「……時間だな」
駆は、デジタルなノイズと共に消えゆくライドウと人修羅を遠くから見つめた。
ライドウは静かに刀を納め、制帽の庇に指をかけた。
「……神代。此度の『怪異』、実に見事な裁定であった。あちらの連中によろしく言っておいてくれ。此方の帝都の風も、そう悪くはないとな」
一方、人修羅は何も語らず、ただ一度だけ、その虚無の瞳で別の戦場にいる駆を見据えた。傍らのハイピクシーが、彼の代わりに小さく手を振る。
「またね、召喚師さん! 混沌の先で、またどこかですれ違うかもしれないけど……その時まで、君の『答え』を大事にね!」
二人の英雄は、それぞれの理へと還っていく。無限城に、束の間の静寂が訪れた。
「……駆、さん、やりましたね……」
その静寂を破ったのは、しのぶの細い声だった。
すべてのMAGを使い果たし、仲魔のリンクも切れた彼女の肉体は、文字通り「空」の状態にあった。無理なバイパスと全出力の代償は凄まじく、彼女の瞳から光が失われ、その体は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「しのぶちゃん!」
駆は地面に叩きつけられる前に、彼女の小さな体を抱きとめた。肌は氷のように冷たく、呼吸は消え入りそうなほどに浅い。
「……チッ、無茶しすぎだ。MAG全部持っていかれたか」
駆はバックから、二つしかない至高の霊薬「ソーマ」を取り出した。神々の血とも称されるその黄金の液体は、魂の欠損すら埋める奇跡の薬だが、意識のない彼女は飲み込むことができない。
「……背に腹は代えられねえな」
駆は迷いを捨てると、自らソーマを口に含み、そのまましのぶの唇を塞いだ。自身の呼気と共に、神の霊薬を彼女の喉奥へと流し込んでいく。
「……はぁ……これで死なせはしねえ。あとは寝てろ」
しのぶの顔に、僅かながら赤みが戻る。駆はその様子を確かめると、傍らで立ち尽くすカナヲと伊之助に彼女を託そうとした。
だが、その安堵を切り裂くように、不自然な空間の歪みがカナヲの足元で爆発した。
「なっ……!?」
カナヲが声を上げる間もなかった。影の中から伸びてきた漆黒の糸が、しのぶの体を縛り上げ、強引に虚空へと引きずり込む。
「しのぶ様!!」
カナヲが咄嗟に刀を振るったが、糸から放たれた不可視の衝撃が彼女の華奢な体を弾き飛ばした。壁に叩きつけられたカナヲは、血を吐き出しながら膝をつく。
「この野郎! 離しやがれッ!!」
伊之助が叫び、双刀を突き立てて飛び込む。だが、床から噴き出した鋼鉄の拘束具が伊之助の四肢を捉え、その肉を裂いてその場に縫い留めた。
「……おっと、勝手に舞台の降板を決められては困るよ、神代駆」
支配者の間。人形師の声が響き、ガンプの画面には糸に吊るされたしのぶが彼の傍らへと転送される姿が映る。
「彼女は最高の観客であり、最高の『人質』だ。無惨という絶望を前に、君がどれほどの輝きを見せるか……特等席で見てもらおう」
駆は無言でガンプを握り直した。指が白くなるほどに力を込め、その銃身には静かな、しかし確かな殺意が宿る。
感情を押し殺し、プロとして、そして一人の男として、目の前の現実を冷徹に、かつ激昂を持って受け止める。
「……お前ら。準備はいいか。……いや、聞くだけ野暮だったな」
駆は低く、地を這うような声でスルトとヒノカグツチを見つめながら呟いた。その瞳には、すでに標的を仕留めるための冷たい光が宿っていた。
「あいつのツラを拝みに行くぞ。……徹底的に、ぶち壊してやる」