ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
神代駆が自らの拠点に消えてから、三日が経過した。
蝶屋敷では、一命を取り留めた胡蝶カナエが奇跡的に意識を取り戻していた。しかし、彼女を死の淵から引きずり戻した「恩人」からの連絡は途絶えたままだ。
不吉な予感を抑えきれなくなったしのぶは、カナエの制止を振り切り、隠されるように建つ駆の拠点へと踏み込んだ。
「神代さん! 失礼しますよ!」
扉をこじ開けた瞬間、しのぶは息を呑んだ。
薄暗い部屋の中、床に伏した駆の周囲には、見たこともないほど神々しい光を放つ宝石のような瓶の破片が散乱していた。そして、ジャック・オー・ランタンがその破片を悲しそうに見つめながら、力なく駆の傍らに座り込んでいた。
「これは……神代さん!? 一体何があったのですか!」
しのぶが駆け寄ろうとすると、火を弱めたジャックランタンが静かに手を挙げて制した。
『……静かにしてほしいホー。今さっき、駆が偶然予備で持ってた最後の切り札……「ソーマ」を全部使い切って、ようやく処置が終わったところだホー。……あとは、本人の意識が戻るのを待つだけだホー』
「ソーマ……? 彼が自分で自分を治療したのですか?」
『……違うホー。駆は扉を閉めた瞬間に、糸が切れたみたいに動けなくなったんだホー。だから、オイラたちが駆の鞄から「ソーマ」を引っ張り出して、無理やり飲ませたんだホー』
ジャックランタンは、眠り続ける主の背中を見つめながら、消え入りそうな声で語り始めた。
『……駆は嘘つきだホー。サマナーは「神秘」を見せる商売だから、客の前で膝をついちゃいけないって、師匠の教えを頑なに守ってたんだホー。……でも、本当はオイラ達が見ててもボロボロだったんだホー』
しのぶは、駆の傍らに膝をつき、祈るようにその手を取った。その手は驚くほど冷たい。
『この世界の空気には、オイラ達のエネルギー源になる「MAG(マグネタイト)」が全然足りないんだホー。駆は、自分の生命力を変換してMAGを産み出し、オイラ達を維持してたんだホー。……だから、一度に大量に使うと、少し休んだけじゃ、全然回復しないんだホー』
使い魔は、空になった『ソーマ』の瓶の破片を見つめて寂しそうに続けた。
『この一ヶ月、駆はMAGが足りない分を、念のために持ってきてた最高級の『チャクラドロップ』で誤魔化しながら、ずっと一人で戦ってきたんだホー。最後にあんな英雄(フィン)まで呼び出しちゃって、残ってたストックも今ので全部使い果たしちゃったホー。……もう、駆には自分を治す術が一つも残ってないんだホー』
「……そんな……。そんな、馬鹿なこと……」
しのぶの瞳から、一滴の涙が零れた。
MAGが枯渇し、自らの命を削ってまで、彼は依頼を完遂するために、どれほどの地獄を「顔色一つ変えず」に隠し通したのか。
『……実は……オイラ達も、もう限界だホー。皆で残りのMAGを駆に与えたから動けない皆を代表してオイラが喋ったホー。……あとはコンプの中に戻るホー。……駆のこと、頼んだホー……』
ジャックランタンは役目を終えたように、ふっと火を消すと、光の粒子となって駆の腕にあるコンプの中へと吸い込まれていった。他の仲魔たちの気配も消え、部屋には沈黙が流れる。
静まり返った部屋で、しのぶは駆の冷たい手を強く握りしめた。
「……神代さん。……あなたが目覚めたら、たくさん怒らせてください。……そして、今度は私たちが、あなたを支えさせてください……」