ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
人形師が消え、静寂が訪れた戦場。しかし、そこには勝利の歓喜はなかった。あちこちで戦友たちが、命の灯火を今にも消そうとしていたからだ。
「……まだだ、まだ終わらせねえ……!」
駆は限界を超えて悲鳴を上げる体に鞭打ち、ガンプのコンソールを狂ったように叩いた。全神経を焼き切るような負荷に歯を食いしばり、悪魔全書の奥底から、かつてない高密度のエネルギーを再ロードする。
「相棒……力を貸せ! 再召喚(リロード)ッ! アザゼル!!」
駆の叫びと共に、六翼を広げた漆黒の巨神アザゼルが再び戦場に降り立った。駆は強引にプログラムを書き換え、その破壊の権能をすべて「生」の波動へと反転させる。
「万物を癒せ、メシアライザー!!」
アザゼルの巨大な掌から、朝日さえも霞むほどの清浄な光が溢れ出した。だが、その代償はあまりにも過酷だった。既に底を突いていた駆のMAG(マグネタイト)は、召喚と同時に限界を超えて削り取られ、全身の血管が浮き上がり、毛穴から血が噴き出す。再度のMAG切れにより、視界が真っ赤に染まり、意識が闇に引きずり込まれそうになりながらも、駆は歯を食いしばり、アザゼルの出力を維持し続けた。
光は波紋のように広がり、ボロボロになった柱たちの傷を塞ぎ、欠損した肉体を再生させ、無惨の猛毒を浄化していく。宇髄の失われた左腕が、実弥の深く裂けた腹部が、煉獄の焼けた内臓が、奇跡のような速度で癒えていった。
救護に駆けつけた胡蝶カナエも、その光景に目を見開いた。彼女は真っ先に、自分の隣で眠る妹・しのぶの傷が完全に癒えたことを確認し、安堵の涙を流しながらも、すぐに他の隊士たちの元へ走る。
「……神代殿、感謝いたします。だが……」
穏やかな声が響いた。岩柱・悲鳴嶼行冥だけが、自らに降り注ぐアザゼルの回復光を、数珠を握りしめた手で静かに押し止めていたのだ。
「悲鳴嶼さん!? 何を……もっと光を浴びてください! 回復が追いつかなくなる!」
駆け寄った炭治郎や、再生したばかりの宇髄たちが驚愕して叫ぶ。カナエも「悲鳴嶼さん、お願いです! まだ治療できます!」と必死に声を上げるが、隠の隊員たちと共に彼に縋り付くのが精一杯だった。
「悲鳴嶼さん、頼む! 今さら俺たちを置いていくなんて、派手に許さねェぞ!」
「そうだ悲鳴嶼さん! まだ若者たちの行く末を見守っていただかねば困る!」
宇髄や煉獄が必死に説得する。不死川も血反吐を吐きながら叫んだ。
「ふざけんじゃねェ! 生き残るんだよ、あんたが一番強ェんだろォが!」
「悲鳴嶼さん……嫌だ、行かないで……!」
甘露寺が泣き崩れ、伊黒も、時透も、冨岡も、言葉に詰まりながらも必死にその魂を呼び止める。周囲の一般隊員たちまでが「お願いします、生きてください!」と声を枯らして懇願した。
だが、悲鳴嶼はただ静かに首を振った。その顔には、長年の重荷から解き放たれたような、見たこともない慈愛の微笑が浮かんでいた。
「……南無阿弥陀仏。神代殿、皆々様……貴方方の慈悲は十分に受け取りました。……ですが、私の体はもう、これ以上の生を望んでおりません。……あの子たちが、待っているのです」
悲鳴嶼の視線の先には、誰にも見えない「あの子たち」の姿があったのかもしれない。彼は自分の命が尽きること、そしてそれを自分が受け入れていることを、誰よりも深く理解していた。
「……神代殿、最後に一つだけ。……あの子(しのぶ)を、どうか……よろしくお願いします」
駆は差し出した手を震わせ、唇を噛み締めた。再度のMAG切れにより指先一つ動かせぬほどの疲弊の中、アザゼルによる最高位の治癒術をもってしても、魂そのものが帰還を拒絶する者を繋ぎ止めることはできない。アザゼルもまた、主の限界を悟ったように、静かに光の粒子となってガンプの中へと還っていった。
「……ああ、約束する。……あんたの分まで、しっかり見届けてやるよ、悲鳴嶼さん」
駆が声を震わせながら答えると、悲鳴嶼は満足げに深く頷いた。
そして、朝日の光に包まれながら、最強の柱と呼ばれた男は静かにその生涯を閉じた。その魂は、かつて救えなかった子供たちが待つ場所へと、迷いなく還っていった。
誰もが涙を流す中、駆は朝日を見上げた。悲しみは消えないが、彼が守り抜いた若き芽が、そしてカナエに抱かれて眠るしのぶが、確かにこの新しい一日を生きようとしていた。
「……相棒、終わったな」
駆は呟き、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
空はどこまでも高く、青く、残酷なほどに美しく晴れ渡っていた。