ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
鬼舞辻無惨という永きにわたる巨悪が潰え、時代が大きく動き出そうとしていた。鬼殺隊がその歴史的使命を終えようとする喧騒の傍らで、神代駆は一人、喧騒から離れた闇の中にいた。
彼が視線を落としているのは、手に馴染んだガンプの液晶画面だ。そこには、あのかつて異界の知識を弄し、上弦の鬼さえも盤上の駒として翻弄した「人形師」が遺した座標が、冷徹な光を放って点滅している。
「……さて。溜まったゴミ掃除といくか」
独りごちる声に、温度はない。人形師がこの美しい国に植え付けた毒の苗床——異界の実験場。それらが存続し続けることを、駆の矜持が許さなかった。
最初の拠点は、地図にも載らない地方の山奥、廃村の地下に隠されていた。
駆は一切の躊躇なく、その禁域へと足を踏み入れる。迎撃のために配備されたのは、精巧な自動人形の群れや、悪魔の因子を強引に組み込まれた「なり損ない」の異形たちだ。かつての駆であれば、死力を尽くさねば突破できなかったであろう異界の兵器。しかし、今の彼は違う。無惨との死闘を経て、彼の魂と共に磨き上げられた仲魔たちは、もはや次元の違う領域に達していた。
「邪魔だ。消えろ」
駆が短く命じると同時に、影から這い出したアザゼルが漆黒の波動を放ち、迫りくる鋼鉄の人形たちを塵へと変える。上空からはサンダルフォンの聖なる光が降り注ぎ、地下施設を天罰のごとき輝きで貫いた。メギドの炎が吹き荒れ、不浄な研究成果を、その執念ごと焼き尽くしていく。
駆は足を止めることすらしない。ガンプから放たれるハッキング・プログラムは、拠点のメインサーバーを次々と無効化し、人形師が積み上げた狂気のデータを根こそぎ虚無へと帰していった。
最後の一箇所。そこは、かつて駆がその存在を知り、激しい憤りを覚えたあの実験場と酷似していた。
並べられた試験管の中には、変わり果てた人間たちの成れの果てが揺らめき、棚には異界の魔導書を模した不気味な装置が鎮座している。それらを目にした駆の瞳に、深い蔑みが宿った。
彼は静かに右手を掲げる。手のひらに集束するのは、この世界の理(ことわり)を超越した万能の魔力。
「……メギドラオン」
言葉と共に放たれたのは、爆発や崩落といった物理現象を遥かに凌駕する「消滅」の輝きだった。
衝撃波すら置き去りにし、施設はその構造ごと「無」へと回帰する。人形師がこの地に遺そうとした歪み、その最後の欠片が、音もなく白い灰となって夜風に霧散した。
ガンプの画面を見つめると、点滅していた赤い点はすべて消灯し、冷ややかな電子音だけが作戦の完了を告げた。人形師の気配はこの世界から完全に断たれ、残されたのはただ、静寂と、それらを等しく照らす青白い月の光だけだった。
数日後。すべての後始末を終えた駆は、慣れ親しんだ蝶屋敷の門をくぐった。
庭に足を踏み入れると、そこには戦いの後とは思えないほど穏やかな日常が流れていた。
「もっと腰を落として! 呼吸が乱れていますよ!」
しのぶの鋭くも温かい叱咤が響き、それに応えるように炭治郎たちが泥にまみれながらリハビリに励んでいる。少し離れた縁側では、カナエが柔らかい微笑みを浮かべ、その光景を慈しむように見守っていた。
「おかえりなさい、神代さん。お仕事、終わりましたか?」
しのぶが駆の気配に気づき、こちらを振り返る。その瞳には、彼が何を背負い、どこで何を消してきたのかをすべて見透かしているような、深い知性が宿っていた。
駆はガンプを懐にしまい、わずかに口角を上げた。
「ああ。……庭掃除は終わったよ。これでもう、この世界に変な余興は残っちゃいねえ」
彼の言葉は、春の風に溶けて消えた。
もう、戦うための理由を探す必要はない。駆は、自分を待っていた平穏の中へと、静かに歩みを進めた。