ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

74 / 92
帰還への準備

人形師の拠点を灰燼に帰した数日後。

神代駆は一人、無機質な通信機を手に超国家機関「ヤタガラス」へと連絡を入れていた。

 本来、ヤタガラスはこの「鬼滅の世界」において不干渉を貫くべき守護機関である。この時代の人間がどれほど死に絶えようと、歴史がどう転ぼうと、彼らが直接その手に刃を握ることはない。

 だが、駆が持ち込み、無惨との死闘で振るい続けた「悪魔の力」だけは別だった。

 それはこの世界の理を乱すノイズであると同時に、次元の壁を穿つ「侵食」の種でもある。もしこの力を放置すれば、空間の強度は失われ、やがて歪みの波及は駆たちの元いた本来の世界――ヤタガラスが守護すべき領域にまで壊滅的な実害を及ぼす可能性がある。

「一月だ。一月の猶予をくれ。その間に、俺はこの国に残った『異界』の痕跡をすべて消し去るつもりだ」

 駆の淡々とした宣告に、通信の向こう側の使者は静かに思考を巡らせた。

 彼らにとって、この世界が救われたか否かなど、些末な問題でしかない。彼らが危惧しているのは、駆の残した悪魔の力が「毒」として定着し、自分たちの住まう世界を外側から腐らせることだけだ。

 故に、駆が自らその後始末を申し出ることは、彼らにとっても最も望ましい解決策であった。

「……認めよう、神代駆。その歪みは、我らの世界の存続にとっても看過できぬ毒になる可能性がある。貴様がこの世界から去る前に、すべての『汚れ』を回収するというのなら、我らが異を唱える理由はない」

 ヤタガラスから下ったのは、合理的判断に基づく「許可」だった。

(……一月。それが、あなたの決めた答えなのですか)

 物陰でその対話を盗み聞いていたしのぶは、指先が白くなるほどに拳を握りしめていた。

 駆が元の世界に帰ることは分かっていた。それが彼のあるべき姿なのだと、自分に言い聞かせてもきた。

 だが、駆が自分自身を「故郷を壊しかねない危険物」だと定義し、この世界に残した自らの足跡を――共に戦い、誰かを救ったその証までもを「消すべきゴミ」のように扱うことが、しのぶには悲しくてならなかった。

 悪魔の力を消し、異界の影響を排する。

 それはこの世界に二度と異形の怪物が現れないようにするための、彼なりの「最後の献身」なのだろう。けれど、その徹底した「後始末」は、まるで最初から彼がこの世界に存在していなかったことにしようとしているように見えた。

(私たちは……あなたにとって守るべき対象ではあっても、共に生きる隣人ではなかったというのですか。あなたの元いた世界を守るために、この世界でのあなたの『記憶』さえ、無かったことにするのですか……!)

 駆の考えは、あまりに正論で、あまりに合理的だ。

 自分の故郷を汚染しないために、異物である自分の痕跡をすべて持ち去る。その「優しすぎる責任感」が、残される側にとっては救いようがなく残酷だった。

 1ヶ月の猶予。

 それは、異物となった駆がこの世界に筋を通し、自らの足跡を一つ残らず消し去るための――長く短い「聖別」の期間となった。

 昇る朝日は眩しいほどに美しいのに、しのぶの視界は、隣に立つ男が消えていくカウントダウンの数字に塗り潰されていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。