ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
それから数日。
深い霧に守られた刀鍛冶の里を、駆は訪れた。
里の長・鉄地河原鉄珍、そして駆の特殊な錬具を共に作り上げ、その調整に心血を注いできた鋼鐵塚蛍をはじめとする職人たちが、彼を迎え入れる。
「神代殿、急にどうされた。新たな武具の構想でも浮かんだかな?」
鉄珍の穏やかな問いに対し、駆は静かに、しかし並々ならぬ決意を宿した瞳で首を振った。
「……いいえ。今日ここに来たのは、俺が持ち込んだ技術のすべてを、この世界から消し去るためです」
その言葉に、鋼鐵塚の手が止まった。
「……消すだと? 神代、貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか! あの錬具の鋼、あの機構……あれはこの国の鍛冶を数百年は先に進める奇跡だぞ! 俺とお前で、あんなに苦労して形にしたじゃねえか!」
鋼鐵塚の怒鳴り声が響く。職人たちにとって、駆と共に作り上げた「錬具」は、異界の金属とこの国の鍛錬技術が火花を散らして融合した、誇り高き結晶だった。
それを自らの手で無に帰すなど、鍛冶師としての魂を否定されるに等しい。
「だからこそ、消さなきゃならねえんだ」
駆は断固とした口調で続けた。
「俺の力……悪魔の力は、使えば使うほどこの世界の理に穴を開ける。この工房に残った残滓を放置すれば、そこが起点となって『異界』が発生し、無惨どころじゃない地獄がこの国を、そして俺たちのいた世界さえも飲み込むことになる」
「……ッ!」
職人たちの目に、「造り手」ゆえの執着と、迫りくる危機の狭間で揺れる葛藤が滲む。
その時だった。
駆の傍らに、一本足の魔人、イッポンダタラが勢いよく顕現した!
『──オラオラオラァ! 何を湿気たツラしてやがんだ、蛍ッ!!』
凄まじい声量と共に、イッポンダタラが鋼鐵塚の肩を(物理的に沈むほど)力強く叩く。
「……タラ、お前……」
『ガッハッハ! 壊すってんなら景気よく行こうぜ! 職人が造ったもんを自らブチ壊すなんて、これ以上の贅沢があるかってんだ! 最高の傑作を、最高潮の時に、自分の手で完結させる! これぞ職人の粋ってもんだろ、あぁん!?』
イッポンダタラの一つ目が、ぎらぎらとした熱を帯びて鋼鐵塚を睨む。そのハイテンションな勢いに、場に立ち込めていた暗い空気が一瞬で弾け飛んだ。
『いいかオメェラ、こいつは「毒」なんだとよ! 俺たちが打った鉄が、誰かを守るどころか世界を丸ごと飲み込む化け物になるってんなら、そんなモンは鉄じゃねえ、ただの粗大ゴミだ! ゴミは掃き溜めに返すのが掃除の基本だろぉが!!』
タラは巨大な槌を軽々と振り回し、床を激しく叩いて火花を散らした。
『泣いてる暇があるなら、俺たちの「最後の仕事」をその目に焼き付けやがれ! 二つの世界を守るための、究極の「打ち壊し」だぜぇ!!』
「……鋼鐵塚さん。あんたは、自分の鍛冶場から災厄が生まれるのを黙って見てられるのか?」
駆の問いかけに、鋼鐵塚は力なく拳を握りしめ、やがて──憑き物が落ちたように、深く息を吐いた。
「……よせやい。そんな化け物にまで説教されちゃ、職人として言い返せねえじゃねえか。……神代、やるなら徹底的にやれ。跡形も残すんじゃねえぞ」
鋼鐵塚は自らの愛用する槌を腰に差し直した。共に作り上げた奇跡を、自らの手で過去にする覚悟を決めた男の顔だった。
「……分かったよ、神代殿。あんたの覚悟、我らが受け取ろう」
鉄珍が頷くと同時に、駆の背後に漆黒の機神アザゼルと白銀の機神サンダルフォンが顕現する。
『──よぉし、野郎ども! 幕引きだぁ! ド派手に散らそうぜぇ!!』
イッポンダタラの咆哮を合図に、アザゼルの重力波が構造を圧砕し、サンダルフォンの光が異界の門を焼き切っていく。
タラ自身もまた、狂ったように笑いながら、思い出の詰まった工房の床へ渾身の一振りを叩きつけた。
激しい轟音と光の中で、駆は一人、かつての戦友とも呼べる技術を葬り去っていく。
崩れゆく工房を背に、職人たちは最後までその光景を目に焼き付けていた。
そこには失われる技術への惜別以上に、世界を守るためにすべてを背負って「汚れ役」を引き受ける駆への、そして共に火花を散らした異界の相棒への、熱い敬意が刻まれていた。