ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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社の誓い

 一月の猶予」、その最後の日。

 駆が向かったのは、拠点の近くにひっそりと佇む寂れた社だった。

 あと五時間。

 社の真上、夜空の深淵には、すでに異変が起きていた。

 空間がひび割れたかのように裂け、そこから溢れ出すのは、この世のものとは思えないほど純白で、刺すような輝きを放つ「光の門」。

 門からは絶え間なく膨大な魔力が漏れ出し、社の周囲の木々を白く焼き、大気をバチバチと震わせている。それは強制送還という名の「世界の拒絶」が始まった合図だった。

「……やっぱり、ここにいましたか」

 光の奔流が渦巻く轟音を突き抜けて、背後から震える声が響いた。

 振り返ると、そこには肩を激しく上下させたしのぶが立っていた。激しい光の門を見上げ、その異様さに一瞬言葉を失いながらも、彼女は駆へと詰め寄る。

「神代さん……いえ、神代駆! あなた、本当にこのまま、あの光の中に一人で消えるつもりですか!?」

「……酒の席で挨拶は済ませただろ。しつこいぜ、しのぶ」

 駆はわざと冷たく言い放ち、頭上で今にも自分を飲み込もうと輝きを増す「門」を見上げた。だが、しのぶの感情はもう、そんな薄っぺらな拒絶で抑え込めるものではなかった。

「ふざけないでください! あんな不気味な機械の人形に本音を代弁させて、自分は格好つけて逃げるだけ……! そんなの、ただの臆病者です!!」

 しのぶは駆の胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄り、叫んだ。

「私は、あなたに焼かれたって構わない! 傷ついたって、汚れたっていい! 私は、あなたという一人の人間に救われて、あなたという人間を……っ!」

 言葉が涙に詰まる。それでも彼女は、頭上の光の門が放つ激しい風に抗いながら叫び続けた。

「行かないで……。あなたが隣にいて、泥を撥ね散らかして笑っている……そんな、不完全な幸せが欲しかったんです!!」

 沈黙が流れる。

 激しさを増す門の輝きが、社の境内を真昼のように照らし出す。駆の拳が震えたその時、沈黙を破ったのは駆の意志ではなかった。

『――同感だな、主(マスター)』

 光の門に呼応するように、サンダルフォンとアザゼルが顕現し、コウリュウがその長大な体を門の周囲に巻き付け、次元の崩壊を強引に抑え込んだ。

『我らは貴殿の剣であり、盾だ。貴殿がこの娘を想う熱量は、もはやプログラムの演算では制御しきれぬほどに膨れ上がっている』

 サンダルフォンの厳かな声が響く。コウリュウが咆哮を上げ、主の「嘘」を叱責した。

「お前ら……! 何を勝手なこと言ってやがる!」

『勝手なのは貴殿だ! この娘の涙を拭わずに去るというのなら、我らは二度と、貴殿の召喚には応じぬ!』

 仲魔たちの叛逆。そして、目の前で泣きじゃくる一人の少女。

 駆の鉄のようなプロとしての仮面が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

「……チッ。どいつもこいつも……」

 駆は激しく輝く光の門を仰ぎ、大きく溜息をついた。その目は、もう「兵器」のそれではなく、一人の不器用な男のものだった。駆は、しのぶを黙って引き寄せた。

「……バカだな、お前は。本当に」

 その声は、かつてないほどに低く、温かかった。

 社の境内、駆は彼女の細い背中を、ただ一人の男として力強く抱き締めた。

「神代……さん……」

「これ以上、お前を一人で泣かせるのは、俺の美学に反する。……決めたぜ。地獄だろうが異界だろうが、どこまでも連れてってやる」

 しのぶは、駆の胸に顔を埋め、わんわんと声を上げて泣いた。

『――良き決断だ、主。いや、「神代駆」よ』

 サンダルフォンが満足げに翼を広げ、コウリュウが天を舞い、黄金の粉雪を降らせる。

「……だが、条件がある。ここから五時間で、君を連れて次元を超えるための『パス』を構築する。カラスの師匠には死ぬほど説教されるだろうが……それでも、いいか?」

「ええ……。あなたが隣にいるなら、私は何も怖くありません」

 しのぶは涙を拭い、微笑んだ。

 五時間のカウントダウン。頭上の「光の門」は、もはや駆を追い出すための拒絶ではなく、二人を新たな世界へと導く希望の道へと姿を変え始めていた。

「さあ、行こうぜ、しのぶちゃん。……ここからは、二人で元の世界を散歩する時間だ」

「はい、駆さん!」

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