ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
数日後。
神代駆の意識は、深海のような闇からゆっくりと浮上した。
重い瞼を押し上げると、見慣れた拠点の天井が視界に入る。まだ全身が鉛のように重いが、あの「魂が削れるような渇き」は、使い果たした『ソーマ』の残滓によって辛うじて癒えていた。
(……生きてるか。……柄にもなく、長く寝すぎたな……)
駆が身体を起こそうとすると、枕元から小さな衣擦れの音がした。
視線を向ければ、そこには二人の少女がいた。
胡蝶カナエと、胡蝶しのぶ。
二人は駆の布団の傍らに椅子を並べ、祈るような姿勢で座っていた。カナエはまだ身体に包帯が目立ち、杖を膝に立てかけている。しのぶは、隈が浮き出た目でじっと駆を見つめていた。
「……よお。……二人揃って、プロの寝顔をタダ見か?」
駆が掠れた声で軽口を叩くと、しのぶの肩がびくりと跳ねた。
「神代さん……! 気がついたんですね……!」
しのぶの瞳に、瞬時に涙が溜まっていく。隣のカナエも、蒼白だった顔に赤みが差し、震える手で駆の布団の端を握りしめた。
「神城さん、本当に……良かった……。あなたが三日も眠ったままだと聞いた時、私は……」
「……三日か。まあ、一ヶ月分の残業代だと思えば妥当だな」
駆は依然として平然とした態度を装おうとするが、カナエは首を振った。
「嘘をつかないでください。ジャックさんから……全て聞きました。この世界の空気には彼らの使役するために必要な力ががないこと。あなたがそれを自分の命で補って、薬を使い果たしてまで、あの日、私の前で笑ってみせたこと」
カナエの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「あんなにボロボロだったのに、どうして……。どうして、助けてと言ってくれなかったのですか。私は、あなたに二度も命を救われたのに、何も知らずに……」
駆は苦笑し、天井を見上げた。
「……言っただろ。俺はプロだ。依頼人の前で膝をつくような真似は、師匠の教えやサマナーの矜持に反するんでね」
「そんなの、クソ食らえです!!」
しのぶが叫ぶように言った。彼女は立ち上がり、駆の手を両手で包み込む。
「あなたはもう、独りじゃありません。異世界の事情なんて関係ない。私たちが、あなたが欠かしたMAGも、その身体も、全部支えます。だから……次からは、ちゃんと『辛い』と言ってください」
駆は二人の真剣な、そして慈愛に満ちた眼差しを真っ向から受け、ついに降参したように溜息を吐いた。
「……やれやれ。プロの看板を下ろすわけにはいかねえが……あんたらの前でだけは、少し『手抜き』をしてもいいかもしれねえな」
窓の外からは、穏やかな陽光が差し込んでいた。
孤独なサマナーとしてこの世界に降り立って一ヶ月。
神代駆が、本当の意味でこの世界の「誰か」と繋がった瞬間だった。