ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
あと三十分。
寂れた社の目の前、次元の門(ゲート)が放つ純白の輝きが、夜の闇を塗り潰さんばかりに膨れ上がっていた。
「神代さん! しのぶ!!」
ふもとから駆け上がってきたのは、炭治郎、善逸、伊之助の三人だった。その後ろには、カナエを先頭に、宇髄や実弥、柱たちが全員勢揃いしている。
「本当に行ってしまうのですね……。それも、しのぶを連れて」
カナエが万感の思いを込めて問いかける。
「ああ、勝手をして悪い。だが、彼女を一人にするのはもう御免なんだ」
駆はしのぶの肩を抱き寄せ、不敵に笑った。
「神代さん……ありがとうございました! あなたに教わったこと、絶対に忘れません!」
「神代。……しのぶを泣かせたら、次元を超えて斬りに行くからな」
炭治郎の涙の叫びに、実弥のぶっきらぼうな脅しが重なる。宇髄は三人の妻と共に「派手に暴れてこいよ! そっちの師匠たちにも宜しくな!」と豪快に手を振った。
「……皆様、本当にありがとうございました。私は、この人が命懸けで守ってくれたこの世界が、大好きです」
しのぶが深く、一礼した。
直後、最大級の光が弾け、世界が反転する。鼻を突いたのは冬の澄んだ空気ではなく、錆びた鉄と油の混じった、ひどく現実的な「廃工場」の匂いだった。
駆としのぶが立っていたのは、元の世界の片隅にある、忘れ去られた廃屋の跡地だった。次元の扉が閉じる重厚な音が響き、周囲に静寂が戻る。
「……ここが、駆さんの世界ですか」
「ああ。お世辞にも綺麗とは言えねえが……俺たちの世界だ」
駆が答えた瞬間、工場の奥、光の届かない闇の中から一人の男が姿を現した。漆黒の狩衣に現代的な意匠。顔の半分を鴉の仮面で覆い、背後には三本足の鴉の影を揺らめかせている。超国家機関ヤタガラスの使者だ。
『見事な幕引きであった、神代駆。そして――異界の迷い子よ』
「見てたのかよ、趣味の悪いお人だ」
駆はしのぶを背にかばい、不敵に笑う。
『契約の履行を確認した。……約束通り、貴殿には相応の報酬を授けよう。富か、さらなる魔導の叡智か。望むものを口にせよ』
「……いいや、報酬はいらねえ。代わりに、一つ頼みを聞いてくれ。……この胡蝶しのぶを、今日からこの世界の正式な住人として認めてやってくれ。ヤタガラスの権限を使いゃ、容易い御用だろ?」
使者はしばし沈黙した。神に等しい機関にとって、記録の捏造など造作もない。だが、自らの命を賭した報酬を、他者の「居場所」のために使い切る不合理。
『……よかろう。これより、この娘は「一人の人間」となる。何者も彼女の存在を疑わず、公的な壁は霧散するであろう』
男が手をかざすと、黒い羽根の粒子がしのぶの周囲に舞い、彼女の「理」として世界に溶け込んでいった。
『存分に謳歌せよ、その平穏な日々を』
そう言い残すと、使者の姿は夜の闇に消えた。
「……駆さん。私、本当にいいのでしょうか。大切な報酬だったのでしょう?」
「いいに決まってんだろ。これで、君はもう幽霊じゃねえ。……さて、まずはカラスの師匠に顔を見せて、その後に蓮先生の店に突撃だ。あっちの鬼共より、よっぽど騒がしいからな」
駆は悪戯っぽく笑い、彼女の手を引いて歩き出した。
廃工場の外には、ネオンの光が滲む、混沌と活気に満ちた夜の街が広がっている。
「さあ、行こうか、しのぶちゃん」
「はい、駆さん!」
二人の新しい、そして「日常」という名の物語が、今ここから始まる。
此れで本編は終了となります。
番外編が数話ありますが良ければご覧ください。