ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
番外編:此岸の夜明け、彼岸の街灯
二人は廃工場を後にし、ネオンが眩しく光る繁華街の一角、とりわけド派手な看板が目を引く店へと向かった。店の名は、ゲイバー『Club 蓮華(れんげ)』。
重厚な扉を開けた瞬間、濃厚な香水の匂いと賑やかな笑い声が二人を迎える。
「あら、あらあらあら! ちょっと誰かと思えば、駆ちゃんじゃないの! どこに行ってたのよ、連絡もなしに!」
カウンターの奥から、184センチの巨体に真っ赤なハイヒールを鳴らし、赤い長髪を揺らしながら爆速で迫ってきたのは、店主の鬼龍院 蓮(ママ)だった。
「よお、ママ。……ちょっと『遠征』が長引いちまってさ」
「遠征って……あら!?」
蓮の鋭い視線が、駆の背後に隠れるように立っていた少女に固定された。その瞬間、店内の空気が一変する。カウンターの端には、悪の首領のごとき威圧感を放つ紳士・久遠寺 鴉(くおんじ からす)。そして傍らには、隙のない動きで控えるチーママたちが、値踏みするような鋭い視線を送っていた。
しのぶは、生で見る彼らの圧倒的な「異質さ」に、思わず息を呑んだ。
「……っ」
彼女の身体が、本能的に戦闘態勢へ移行する。指先が今はなき日輪刀の柄を探すように動き、その瞳には鬼と対峙した時のような、鋭く冷徹な警戒の色が宿った。
「……しのぶ」
殺気立ちかけた彼女の肩を、駆の手がそっと包み込んだ。
「落ち着け。この人達は見た目こそものすごいが、敵じゃねえ。……俺の、ろくでもない身内のような存在だ」
駆の低く落ち着いた声に、しのぶはハッとしたように我に返り、ゆっくりと構えを解いた。
「あら、そんなに怖い顔しないでちょうだい。アタシ、これでも街の平和を守る『乙女』なのよ?」
蓮が柔らかく微笑むと、しのぶは一歩前に出て、凛とした動作で深く頭を下げる。
「……お初にお目にかかります。胡蝶しのぶと申します。駆さんには、過ぎた恩義を賜りました。不束者ですが、以後お見知りおきを」
その気品に満ちた声に、店内の喧騒がしんと静まり返った。蓮も思わず感銘を受けたように胸を押さえる。
「……なんて健気で美しい子なの! 駆ちゃんにはもったいないわ! よし、決めたわよ。この子の新しい生活、全部アタシがプロデュースしてあげる!」
「話が早くて助かるぜ。ママ、彼女に合う服から日用品まで全部選んでやってくれ。……あと、彼女はまだ未成年だ。そのつもりで頼む」
「えっ、未成年!? ……まあ、言われてみればまだあどけないわね。わかったわ、アタシに任せなさい!」
蓮はさらに顔をほころばせ、チーママたちに号令をかけた
「聞いたわねあんたたち! この子はまだ蕾なのよ! 刺激の強いものは遠ざけて、最高に可愛く仕立てるわよ!」
嵐のように奥へと連れ去られたしのぶを見送り、駆はカウンターに座った。端で独り、不敵な笑みを浮かべていた鴉が、どこか肩を落としてウィスキーを煽った。
「ククク……。よもや、私の『風格』がこれほど裏目に出るとはな。駆よ、彼女には私が決して『悪の組織の首領』ではないとよーく言い聞かせておいてくれ。流石の私も少々来るものがある……」
「……努力はしてみるよ、師匠。それより、あの子の『バックボーン』、頼めるか」
鴉は眼鏡を押し上げ、不敵な軍師の目に戻る。「……よかろう。胡蝶しのぶ。彼女の学業の記録まで含め、完璧な『真実』を仕立て上げてやろう」
しばらくすると、奥から着替えを終えたしのぶが現れた。藤色を基調とした、現代的で上品なワンピース。
「……どうでしょうか、駆さん。変ではありませんか?」
「……ああ。似合ってる。元の格好も良かったが、こっちもいい」
駆のぶっきらぼうだが熱い視線に、しのぶは幸福そうに目を細めた。
「さあ、お祝いよ! 駆ちゃんたちは飲み明かしなさい! しのぶちゃんには……特製のノンアルコール・フルーツカクテルを用意したわ!」
「ありがとうございます、ママ」
鴉が仕立てる「完璧な過去」。蓮たちが用意する「輝かしい未来」。
「……これからの俺たちの生活に、乾杯だ」
グラスが触れ合う音が、新しい物語の始まりを告げる。
神代駆としのぶ。二人の「日常」は、かつての戦場よりもずっと賑やかで、光に満ちていた。