ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
しのぶがこの世界に来て1ヶ月。
彼女は驚くべき適応力で、タブレットでレシピを調べ、お掃除ロボットと格闘し、この時代の「日常」を楽しみ始めていた。
そんな穏やかな午後のことだ。
「……はぁ? 姉貴と美緒が?」
探偵事務所兼自宅のソファで、駆は携帯を耳に当て、思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。本来の、ぶっきらぼうで面倒臭がりな地が出ている。
『そう。母さんに頼まれたお惣菜届けるついでに、お前の生存確認しに行くって。もうすぐ着くんじゃないか?』
兄・一馬ののんきな声を最後に通話が切れる。
「……チッ、一番厄介な組み合わせが来やがる」
「駆さん? どなたかいらっしゃるのですか?」
首を傾げるしのぶに、駆は慌ててガンプや魔術刻印のある道具をマジックバッグへ放り込みながら指示を飛ばした。
「いいか、しのぶちゃん。俺の姉と妹が来る。姉貴は勝ち気で押しが強いし、妹の美緒は妙に鼻が利く。師匠が作った『旧家の令嬢』の設定、一ミリも崩すないでくれよ。あいつらには俺がサマナーだってことは……」
言いかけたその時、事務所のドアがノックもなしに勢いよく開いた。
「おっはよー! 生きてるー? 駆!」
「……お邪魔します」
派手なファッションでエネルギーの塊のような姉・明日香と、ヘッドホンを首にかけ、眠たげな目でスマホを弄る妹・美緒が、嵐のように踏み込んできた。
「……ノックくらいしろよ。一応ここ、仕事場だぞ」
駆は瞬時に「いつもの飄々とした探偵」の仮面を被ろうとしたが、明日香はそれを鼻で笑った。
「何言ってんの、あんたの事務所なんて私の部屋より狭いくせに。それより、お母さんから……って、ちょっと!?」
明日香の動きが止まった。その視線の先には、藤色のワンピースを着て、上品に座るしのぶがいる。
「……あら。お初にお目にかかります、胡蝶しのぶと申します。駆さんのご家族様……お姉様と妹様ですね?」
しのぶが凛とした動作で、一分の隙もないお辞儀をした。
「えっ……ええええ!? ちょっと駆! 何この美少女! どこから攫ってきたのよ!?」
「攫ってねえよ! 鴉の師匠の知人の娘さんだ。訳あってうちで身元を預かってるんだよ」
明日香は駆の言葉など耳に入っていない様子で、しのぶの元へ駆け寄ると、その両手を握りしめた。
「しのぶちゃん!? 可愛い! 清潔感の塊! あんた、こんな不潔な弟のところにいたらダメよ、うちにきなさいよ!」
「……不潔って言うな」
一方で、末っ子の美緒は、スマホをポケットにしまうと、無言でしのぶをじっと見つめていた。その観察眼は、探偵見習いとしての駆もたじろぐほど鋭い。
「……ねえ、駆兄…」
「なんだよ、美緒」
「……この人、ただのお嬢様じゃないでしょ。足運びが、完全に『武道家』のそれなんだけど。……あと、駆兄も。あんた、いつの間にそんなにガタイ良くなったの?」
「……っ、気のせいだろ。探偵業は体力がいるんだよ」
駆は冷や汗を流しながら、ぶっきらぼうに突き放した。サマナーとして「上の上」まで鍛え上げられた肉体と、しのぶの隠しきれない剣士の気配。一般人であるはずの妹の直感が、核心を突きかける。
「まあ、いいけど。……しのぶさん。このお兄ちゃん、性格ひねくれてるし面倒臭がりだけど、悪い人ではないから。我慢してあげてね」
「ふふ、ありがとうございます。駆さんには、とても良くしていただいておりますよ」
しのぶの微笑みに、明日香は「いい子すぎるわ!」と号泣し、美緒は確信めいた視線を駆に向けた。
外では異形の悪魔と戦うデビルサマナーも、実家の姉妹の前では、ただの「尻に敷かれる弟」でしかなかった。
「さあしのぶちゃん! 駆を置いてランチに行きましょう! 美味しいパンケーキのお店があるの!」
「……あ、あの、駆さん?」
困り顔でこちらを見るしのぶに、駆は溜息をつき、頭を掻いた。
「……行ってこいよ。どうせこいつら、一度言い出したら聞かねえから」
嵐のような女性陣に連れ出されるしのぶを見送りながら、駆はマジックバッグからアザゼルの宿るガンプを取り出し、ポツリと溢した。
「……悪魔の相手の方が、よっぽど楽だぜ」