ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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番外編:氷鬼の残滓と家族の絆

「……ここか」

 駆が美緒に連れられて辿り着いたのは、放課後の静寂に沈んだ旧校舎だった。

 背後ではしのぶが、上品なワンピースの装いとは裏腹に、鋭い集中を全身に漲らせている。彼女は四次元バッグから音もなく『レイピア』を引き抜いた。かつての日輪刀の面影を残す、太陽を象った彫り物が、微かに熱を帯びて光る。

「この先の、視聴覚室。あの子、毎日そこで……」

 美緒の声が震えた。廊下の窓は白く結露し、吐く息が結晶化するほどの異常な冷気が渦巻いている。

「美緒、ここで待ってろ。これより先は、お前の『日常』の外側だ」

 その声に、いつもの飄々とした兄の面影はない。ヤタガラスに所属するプロ、デビルサマナーとしての冷徹な響き。美緒が反論する間もなく、駆は重い扉を蹴破るように開放した。

 室内の中央、一人の少女が虚空を見つめ、糸の切れた人形のように座り込んでいた。だが、その背後に蠢く「影」を認めた瞬間、駆は愛用のガンプを引き抜き、しのぶがレイピアを正眼に構えてその前に進み出る。

「……チッ、ただの下位の悪魔じゃねえ。『ウェンディゴ』か」

 少女に憑依していたのは、飢餓と食人を司る氷の魔人。咆哮と共に室温が急降下し、壁や床が凍りついていく。

「しのぶ、下がるな! 奴の冷気は魂まで凍らせる。ガードに専念しろ!」

「……っ、承知いたしました。ですが駆さん、忘れないでください」

 しのぶは、冷気さえも切り裂く熱を帯びる白銀の剣身を、さらに鋭く構えた。その背中には、かつて一軍を率いた「柱」としての峻烈な気が立ち昇る。

「今の私は貴方の助手であり、なのですから。この『日輪刀』の魂を宿した剣で、死地への道を導いて差し上げましょう」

「──行くぜ、アザゼル。排除を開始しろ」

 駆がトリガーを引き絞ると、銃口から漆黒の霧が噴出し、そこから『機械仕掛けの巨躯』が顕現した。

 鋼の装甲を纏ったそれは、神話の天使を無機質な兵器へと再構築したかのごとき威容。高出力熱源の駆動音が響き、アザゼルの機械的な翼が展開される。

『──了解。対象を検知。焼却シークエンスに移行する』

 アザゼルの放つ熱線が冷気を蒸発させ、視界が開けた刹那。しのぶが蝶のように舞い、レイピアの切っ先をウェンディゴに打ち込む。駆の放った弾丸が眉間を撃ち抜き、アザゼルの熱光線がそれに重なった。物理・霊的、そして毒。三段構えの攻撃が氷の魔人を破壊し、断末魔と共に霧散させた。

「……ふぅ。これで終わりだ。俺たちにできるのは、ここまでだな」

 駆はガンプをホルダーに収め、火のついていないタバコを口に咥えた。

「……駆兄」

 美緒が恐る恐る入室してくる。変わり果てた兄と、美しき剣士、そして消えた「機械の怪物」を交互に見て、彼女は呟いた。

「……夢じゃない。……駆兄、今の、すっごく格好良かった」

「……。……チッ、余計なこと言うな。俺は面倒なのが一番嫌いなんだよ」

 耳まで赤くした駆は、照れ隠しに懐から一粒の淡い光を放つ『魔光石』を取り出した。

「美緒、ちょっとこっち向け。……今見たことは全部、たちの悪い幻覚だったことに書き換えてやる」

 駆の指先が妹の額に触れようとする。

「──アザゼル、記憶改竄の術式を展開しろ」

『了解。精神干渉シークエンスを開始し……』

「……嫌。忘れたくない!」

 美緒が、駆の手を力強く跳ね除けた。「二人のこと『家族』だと思えなくなる気がするから」と。

「……。……自分(俺)は、お前を面倒ごとに巻き込みたくないんだよ」

 突き放した声とは裏腹に、駆の指先は微かに震えていた。

「駆さん」

 しのぶが二人の間に割って入るようにして、駆の手をそっと制した。

「美緒さんは、とても強い心をお持ちです。記憶を消したとしても、私たちがここにいる事実は変わりません。それならば、『真実』を共有する絆として残しておくのも、一つの道ではないでしょうか?」

「……。……チッ、どいつもこいつも、面倒なことばっかり言いやがって」

 駆は深く溜息をつき、魔光石を四次元バッグの中へ放り投げた。

「……わかったよ。美緒、今のことは全部、墓場まで持っていけ」

 美緒は少しだけ晴れやかな顔で、眠っている友達の元へ駆け寄った。

『──処理中断。……マスター、甘いな』

 脳内に響くアザゼルの無機質な声。駆はそれに答えることなく、ただタバコを噛み締めた。

「甘いのは承知の上だよ、自分でもな。……さて、しのぶ。こいつらを保健室まで運ぶぞ。重労働は自分の担当だ」

「はい、駆さん。……ふふ、やっぱり駆さんは、優しいお兄様ですね」

「……うるせえ。さっさと歩け」

 夕闇が迫る校舎を後にする三人の影。

 ヤタガラスが仕立てた「偽りの過去」とは別に、神代家という本物の絆の中に、決して消えない「真実」の秘密が刻まれた瞬間だった。

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