ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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番外編:兄の「本音」と銀の首飾り

 実家での夕食も終わり、母と姉がしのぶを連れてお風呂へ向かった隙を突き、駆はリビングのベランダに出て夜風に当たっていた。遠くに見える都心の明かりが、彼が普段身を置く異界の闇とは異なる、温かみのある日常を映し出していた。

 「……駆兄」

 足音を忍ばせて、美緒が隣に立つ。彼女の視線は、兄の手の中にあった。

 「……ほらよ。これ、持っておけ」

 駆は投げやりに、銀色の細いスティック状のチャームがついたネックレスを差し出した。

 「……何、これ。プレゼント? アクセサリーなんて、駆兄のキャラじゃないでしょ」

「うるせえ。……そいつは、中に中位の悪魔を封じ込めた『管(くだ)』だ。お前の霊的波長に合わせて調整してある」

 駆が説明を終えたその瞬間、ベランダの床に落ちた彼の影が、微かに、けれど確実に蠢いた。あたかも、影の中から何かがこちらの様子を伺っているかのように。美緒はその気配に気づかず、渡された首飾りに視線を落としていた。

 「……身の危険を感じたりしたら、その筒を強く握れ。……自分が駆けつけるまでの時間稼ぎくらいにはなる」

 プロのサマナーとして接する時は「自分」、兄として話す時は「俺」。無意識に混じるその言葉使いこそが、今の駆の複雑な立ち位置を表していた。

 美緒は驚いたように、首飾りを見つめた。

「……ありがと。凄く可愛い。これなら学校に着けていってもバレないね」

 美緒は首にそれをかけると、制服のインナーに隠すようにそっと触れた。その仕草を見届けて、駆は再び夜の街に目を向け、本来のぶっきらぼうな口調で続けた。

 「……いいか。俺の仕事は、お前らみたいな『普通』の人間には無縁であるべきなんだ。……でも、知っちまった以上、最低限の守りは必要だと思っただけだ」

 「……わかってる。あたしも、これを使うようなことにならないように気をつけるよ」

 美緒は少しだけ大人びた表情で微笑み、それから小声で付け加えた。

「……しのぶさんのことも、あたしがちゃんと家族に馴染めるようにサポートしとくから。駆兄は安心して『仕事』してなよ」

 「……。チッ、生意気な依頼人だ」

 駆は妹の頭を乱暴に撫で回し、照れ隠しのように家の中へと戻った。

 翌日。神代家での賑やかな週末を終え、駆としのぶが事務所に戻る時が来た。

 「しのぶちゃん、またいつでも帰ってきてね!」

 見送る家族の中に、襟元から銀の鎖をのぞかせた美緒がいた。彼女は駆と視線を合わせ、小さく頷く。

 それは、偽りの過去を背負ったしのぶと、裏の顔を持つ駆、そしてそれを知る美緒という三人の、新しい家族の形を象徴する光景だった。

 「……さて。帰るぞ、しのぶちゃん。明日からはまた表の仕事があるからな」

 「ふふ、そうですね。でも、今の私にも貴方からの込められたような温かさがありますから。……駆さん、本当にありがとうございました」

 「……。……変なこと言わないでくれ。行くぞ」

 駆は異界バッグを肩に担ぎ直し、夕暮れの街へと歩き出す。

 ぶっきらぼうな探偵と、微笑む剣士。二人の日常は、少しずつ、けれど確実にこの世界に根を下ろし始めていた。

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