ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
「……どうでしょうか、駆さん。変ではありませんか?」
藤色のブラウスに白のロングスカート。蓮に「19歳の女の子ならこれくらい攻めなさい!」と押し切られたスタイルだが、しのぶの持つ清廉な空気に見事に馴染んでいる。
「……ま、悪くないんじゃない。俺の隣を歩かせるのが勿体ないくらいだ。ま、せいぜいエスコート役の光栄に浴させてもらうよ」
駆は肩をすくめて飄々と応えながらも、周囲の視線を警戒して半歩前を歩く。サマナーとして「上の上」に達した彼の気配は、普通にしていれば「鋭すぎるナイフ」だ。今日はその抜き身の刀を鞘に収め、ただの「若き探偵とその有能な助手」という役柄を演じていた。
だが、この街は狭い。
「あら! 駆ちゃんじゃない! ママのところの!」
カフェのテラス席から声をかけてきたのは、蓮の店の常連客だった。
「……おっと、これはこれは。ご無沙汰してます、マダム。相変わらずお美しい」
「まあ、口が上手いわね! 蓮さんから聞いてるわよ、駆ちゃんの働きぶり。……お隣の助手さん、今日も素敵ね。ママには内緒にしておいてあげるわ」
「はは、そいつは助かる。ただの有能な仕事仲間ですよ。……じゃ、自分たちは先を急ぐんで。良い午後を」
駆は軽く指先をこめかみに当てて挨拶を済ませると、しのぶを連れて人混みへと消えた。
「……駆さん、本当に顔が広いですね。皆様、貴方を『蓮さんの自慢の弟子』だと仰っています」
「……やれやれ。あのアネゴ、俺のプロモーションでもしてるつもりか? 俺は静かに影を歩くのが性分なんだよ」
だが、そんな駆の気取りを余所に、しのぶの美貌は「厄介な連中」を引き寄せてしまった。
駆が飲み物を買いにわずかに席を外した、その一瞬。
「ねえねえ、お姉さん。一人? 19歳くらいでしょ、俺らも同い年なんだけど」
いかにも遊び慣れた風色の軽い男たちが、しのぶを囲んでいた。
「……お引き取りください。連れがおりますので」
しのぶは丁寧に応えたが、その瞳の奥には、かつて数多の鬼を屠ってきた鋭い「刃」が微かに閃いていた。
「いいじゃん、そいつより俺らの方が楽しいぜ。なんなら……」
男がしのぶの肩に手をかけようとした、その瞬間。
「──悪いが、その手は引っ込めてくれないか。……家の助手が嫌がってる」
背後から、低く、けれどどこか軽やかな声が響いた。
戻ってきた駆が、男の背後に立っていた。その瞳は、先ほどまでの「だらしない探偵」のものではない。無機質な魔王アザゼルを筆頭に様々な悪魔を従え、数々の死線を越えてきた「上の上」のデビルサマナーとしての、圧倒的な威圧感。
「……っ!? な、なんだよ、お前……」
男たちは言葉を失った。
物理的な接触は何もない。だが、まるで巨大な肉食獣の前に放り出されたような、本能的な恐怖が彼らの脊髄を駆け抜けた。
「……三秒やる。消えろ。……一」
「ひ、ひぃっ! ご、ごめんなさい!」
数秒前までの威勢はどこへやら、男たちは腰を抜かさんばかりの勢いで逃げ去っていった。
「……。……ったく、ハーフボイルドな休日だぜ。これだから目立つのは嫌いなんだ」
駆は忌々しげに吐き捨て、買ってきたカップをしのぶに手渡した。
「ふふ。駆さん、今の『自分』は、少しだけ格好良かったですよ。……まるで、私を守ってくれる騎士のようでした」
「……。……ハッ、騎士ねえ。俺にはハードボイルドな探偵の方がお似合いだよ。行くぞ、次は映画だ。……俺は、静かな暗闇の方が落ち着くんだよ」
耳まで赤くした駆は、それでも格好をつけようとハットを直すような仕草(今は被っていないが)をしてスタスタと歩き出す。
その後ろを、19歳の令嬢──そして最強の助手であるしのぶは、楽しそうに追いかけていくのだった。