ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
数日後の午後、神代探偵事務所。
窓から差し込む柔らかな陽光が、いつもは怪しげな事務所を穏やかな茶室のように変えていた。
「……ふふ、どうぞ。美緒さん、お口に合えば良いのですが」
藤色のエプロンを纏ったしのぶが、丁寧に淹れた紅茶と、蓮の店から分けてもらった焼き菓子をテーブルに並べる。
「わあ、ありがとう! しのぶさんの淹れるお茶、本当においしいから大好き」
美緒は嬉しそうにカップを手に取った。今日は駆が「地味で面倒な浮気調査」で一日中外回りのため、しのぶが一人で事務所の留守番を任されていた。そこに、学校帰りの美緒が遊びに来たのだ。
駆は今回の外出にあたり、最高戦力であるアザゼル、サンダルフォン、そしてコウリュウをあえて連れ出さず、異界バッグの最奥で深い眠りにつかせていた。今の事務所に顕現しているのは、防犯と身の回りの世話を兼ねた、比較的大人しい「低位の悪魔」たちだけだった。
「お兄ちゃん、最近どう? ちゃんと仕事してる? また無茶して変な傷とか作ってないかな」
「駆さんなら大丈夫ですよ。少しばかり『ハードボイルド』を気取って無茶をすることもありますが……今は、私が傍におりますから」
しのぶが慈しむような微笑みを浮かべた、その時だった。
「ヒーホー! お茶会だホ! 僕にも一口、冷たい紅茶を飲ませてほしいホ!」
パタパタという足音と共に、テーブルの下から雪だるまのような精霊『ジャックフロスト』が勢いよく飛び出してきた。
「きゃっ!? な、なに、この可愛い子……!?」
美緒が驚いて身を乗り出す。
「こら、フロスト。美緒さんを驚かせてはいけませんよ」
しのぶが優しくたしなめるが、ジャックフロストは気にせず美緒の膝に飛び乗った。
「ヒーホー! お姉ちゃん、いい匂いがするホ! 僕はジャックフロストだホ!」
驚きに目を見開く美緒の視界に、さらなる「同居人」たちが姿を現す。
「あら、可愛いお客様ね。駆がいない間に、女の子同士で内緒話かしら?」
本棚の隙間から、背中に透き通った羽を生やした、掌サイズの美しい女性──妖精『ピクシー』がふわりと舞い降りてきた。彼女は美緒の肩にちょこんと座り、悪戯っぽく微笑む。
「……ええっ、あ、あの……他にもいっぱいいる……! お兄ちゃん、こんなにたくさんの……その、悪魔? と一緒に住んでるの!?」
美緒はパニック気味に周囲を見渡した。廃校舎の時に見たアザゼルのような「圧倒的な恐怖」はないが、あまりに賑やかで異質な光景に、彼女の常識は音を立てて崩れていく。
「ええ、駆さんの契約している仲魔たちです。低位とはいえ、皆とても個性的で……少し騒がしすぎるのが玉に瑕ですが」
しのぶは困ったように笑いながら、ジャックフロストの頭を撫でた。
「ヒーホー! お姉ちゃんのネックレス、いい感じだホ! 僕達の仲間が中でお昼寝してるホ!」
ジャックフロストが、美緒の胸元の銀色のペンダントを指差す。
「……あ、これ、お兄ちゃんがくれたやつ……。そうか、これもお兄ちゃんたちの世界の一部なんだね」
美緒は少し緊張を解き、指先でジャックフロストの冷たい頭を恐る恐るつついた。
「……お兄ちゃん、一人で戦ってると思ってたけど。しのぶさんや、こんなに賑やかな子たちに囲まれてるなら、少しだけ安心したかも」
「ふふ、そうですね。駆さんは寂しがり屋ですから、これくらいが丁度良いのかもしれませんね」