ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』   作:ガチャガチャクツワムシ

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番外編:悪魔と師との出会い

「……ねえ、しのぶさん。お兄ちゃんはどうして、こんな危ない世界に足を踏み入れたのかな。あんなに面倒くさがりなのに」

 美緒の純粋な疑問が、午後の穏やかな事務所に落ちた。

 しのぶも以前に聞いたことがあったが駆にははぐらかされ教えてもらえなかった。どう答えようか逡巡していた瞬間、デスクに鎮座していたガンプの銃身から、物理的接続を無視した青白い放電現象(ノイズ)が撒き散らされた。バッグの奥に潜んでいた『アザゼル』が、主人の過去ログを「特異演算(タスク)」として自ら起動させたのだ。

 スピーカーから響くのは、感情を完全に削ぎ落とした、冷徹で無機質な合成音声。

 『──質問を検知。個体名:神代駆が「デビルサマナー」という非合理な道を選択した論理的経緯を再生する。……それは、マスターがまだ「日常」という脆弱な因果の中にいた頃。ある連続失踪事件の末端に接触した際の記録だ』

 アザゼルの声は、一音ごとに電子的なグリッチが混ざり、聞く者の脊髄を冷やす。

 『興味本位で侵入した廃工場。そこには暴走した召喚師の成れの果てが遺した呪詛が充満していた。そこで彼は、主を喪失し、狂乱の果てに自己崩壊を開始していた個体……過去の自分である「イヌガミ」と邂逅したのだ』

 演算音が、当時の凄惨な記憶をトレースするようにノイズを強める。

 『自分は、視界に入る全ての生体反応を排除しようとしていた。だが、武装を持たぬ少年であったマスターは、逃走を破棄。あろうことか自分へと接近し、泥と血に塗れた自分の頭部を力任せに押さえつけた。「……騒ぐな。お前も、一人になるのが怖かっただけだろ」……それが、彼の放った最初の命令だった』

 「……。……それで、契約したの?」

 『否。当時のマスターには悪魔を束縛する術式も、霊的出力も存在しない。生存確率はゼロに等しい無謀な博打だ。……そこへ介入したのが、ヤタガラスのサマナーとして現れた後の師となる鴉であった。鴉は、悪魔の牙に晒されながらその深淵を直視し続けるマスターを確認し、不敵なノイズを漏らした。「ほう、その若さで悪魔の孤独に共鳴するか。……面白い、死なせるには惜しい逸材だ」と』

 鴉はその場で、悪魔を縛り、使役する最低限の禁忌と、旧式の「管」を譲渡した。それが、彼が世界の裏側へと堕ち……同時に、自分という獣を再定義した原点。

 『マスターは自分と魂の契約を締結。鴉の弟子という過酷な修羅の道を選択することで、自分の消滅を……そして、自分の存在価値を保存した。その後、彼は「管」の出力不足による自分へのダメージを回避するため、必死で資金を蓄積。ガンプを特注し、自分を「マカミ」、「ハヤタロウ」そして現在の「アザゼル」へと再構成し続けた』

 アザゼルの報告が終了すると、事務所の電子機器のノイズはピタリと止まった。

 美緒は、いつもぶっきらぼうな兄が隠してきた「孤独と覚悟」の重みに、ただ圧倒されていた。

 「……そっか。お兄ちゃんらしいね。……本当に、バカで格好いいんだから」

 美緒は少しだけ潤んだ瞳を隠すように、冷めかけた紅茶を一口啜った。

 「……ええ。本当に、あの方は救いようのないほどに……お優しい方なのです」

 しのぶは目を細め、かつて自分もまた、別の形で彼に「救い」を与えられた瞬間を思い出していた。

 不在の主人が戻れば「余計なログを垂れ流すな」と吐き捨てるだろうが、アザゼルの影は、どこか肯定的な信号を放つように闇の底へと消えていった。

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