身長189cm体重105kg体脂肪率5%で傭兵として紛争地域を駆け巡りロシア兵から「デンジャラス・ジャップ」と恐れられていた俺が久しぶりに帰国したら日本が宇宙人に乗っ取られていたので無双する   作:山岡さんの鮎

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2話 民族、───その誇り。

 

 セルゲイには自信があった。まず、彼は生まれてこのかた喧嘩に負けたことがない。スラム街を腕っぷし一つで制圧し街のボスとして君臨したのは若干15歳の頃だ。

 だから、怖いものなど無く、ましてや自分が死ぬなど、想像すらできなかった。徴兵にも進んで志願した。母親には止められたが、いつものように殴って黙らせた。

 オレなら、どんな相手にも負けることはない…その自信があったのだ。

 そんな彼は今、恐怖に小便を漏らしながら自動小銃を当てもなく連射していた。

 あのモンキーだ。セルゲイは涙目になりながら毒付いた。捕虜として本営に連れてこられたあのモンキーが、【デンジャラス・ジャップ】たかしだったんだ。

 オレの舞台がやられたのは一瞬だった。先頭をいく隊長が音もなく崩れ落ち、その直後に仲間たちが次々と倒れていった。奇襲に気付いた時にはもう手遅れで、部隊の半数以上がやられていた。

 弾切れを告げるカチカチという音が、即ちセルゲイの死を告げる宣告だった。セルゲイは小銃を投げ出し半狂乱で駆け出した。

 彼が最期に思い浮かべたものはマーマの作るピロシキだった。

 

 見えないし、聞こえない。幽霊のように相手に忍びより、──殺す。俺のサイレント・キリング・スキルは人類最高峰だ。

 脳漿どころか小便までぶち撒けている若いロシア兵の懐を探った。あった。野戦食糧(レーション)だ。

 決して食糧とは言えないような黒い物体を齧りながら、俺は近くの木に腰を下ろした。

 流石の俺もほんの少し疲れていた。本日のキル・スコア:歩兵892人。戦車5機。まだ残党はいるが、ここまで蹂躙すれば逃げ出すだろう。俺の完全勝利と言える。

 俺は自分が少なからず疲労を感じていることに驚いていた。かつてはヒマラヤ山脈の戦地で1ヶ月間飲まず食わずで戦い通しても、筋肉痛にすらならなかったというのに。ちなみにこの時の俺のキル・スコアが「裏ギネス」という闇の世界記録に刻まれている。

 俺ももう40に近い。全盛期(ピーク)は確実に過ぎているのだ…。

 ジョンも戦死した。俺も遠くない未来に同じ目にあうかも知れない。

 引退しよう。

 そう決意して眺めるロシアの空は、思いがけず綺麗で、とても広かった。

 

 風の強い夜だった。そのせいか空には雲ひとつ無く、星がよく見えた。俺は野営基地の裏で煙草を吹かしていた。

「たかし」

 俺を呼ぶ声がした。振り向くと、そこには部下のアマディが立っていた。茶褐色の肌、細く通った鼻筋に薄い唇。大きな二重瞼の瞳は上目遣いに俺を見つめていた。彼女は俺が率いる傭兵組織【ヘル・ウォーグル】の実質的なNo.3でもある。

 俺はなんとなく居心地が悪い感じがして、くすんだセピアの瞳から目を逸らした。

「たかし…引退するって、冗談だよね?」

 悲痛な願いが込められた声だった。

「本当だよ」

 俺は手持ち無沙汰を誤魔化すようにチェを取り出して火をつけた。

「そんな…!いつ決めたことなの?」

「昨日」

「それは、やっぱり…ジョンのことが、あったから?」

 アマディは「ジョン」という言葉を発するのさえ辛そうだった。あいつが死んだ現実をまだ受け入れられないのだろう。よく見たら目には泣き腫らした跡がある。

 アマディは紛争地域の戦災孤児だった。餓死しかけていたところを俺とジョンで拾った。然るべき保護団体に連れて行くつもりだったが、妙に懐かれ、俺たちに付いてくるようになった。次第に彼女は傭兵としての才能に目覚め、今では【ヘル・ウォーグル】のNo.3にまでなった。

 そんな彼女にとって、俺とジョンは家族同然だったらしい。見たことの無い悲しみっぷりだ。

「ジョンはああなる運命だったのさ。俺たちも例外ではない。人はみな生きている以上は死に向かって歩んでいるんだ。ただ、傭兵はちょっと早歩きが過ぎる」

「ビビったってこと?」

「あぁん?」

 アマディは涙目で俺を睨んだ。

「ジョンが目の前で殺されて!怖くなったんだろ!だから一人だけ、安全な故郷に帰るんだろ!臆病者め!」

 アマディは急に取り乱した。こういうところがあるから、このガキは好きになれない。

「ジョンが殺されたままでいいの!?敵が憎くないの?!…私は今すぐ、ロシアの屑共を皆殺しにしたい」

 アマディの言ってる事がよく理解できなかった。

 しかしすぐに気付いた。事故で死んだなどという間抜けな最期ではジョンの名誉に傷がつくし、俺にも多少の落ち度があるから、ロシア兵に撃たれて死んだという虚偽の報告をしたせいだ。

 優しい嘘が、少女の憎しみを生んだのだ。俺はなにか皮肉めいたものを感じた。

「俺たちは人間じゃない。傭兵だ。そこには思想も感情も無く、ただ雇用主の意思に従う。自らが属する地域や民族のため戦う兵士を、金儲けのために殺してるんだ。俺たちの方がよっぽど憎まれて然るべきだ」

「だからって、ジョンを殺されて黙ってろと言うの!?」

「勝手にすればいいさ。なぜなら俺はもう無関係な人間だからね。傭兵さんたちで勝手にやりゃあいいさ」

 アマディはショックを受けたようで、しばらく固まっていた。

「…私は、たかしを見損なった」

「そうかい。明日からも死地で背中を預ける仲なら信頼関係は重要だが、そういう訳じゃ無くなったしな」

 彼女は絶句したようだ。肩がブルブル震えて、瞳からは涙が溢れ出した。

「…昔、たかしが話してくれたじゃないか。日本人は何より義を重んじると。仲間がやられたら、敵討ちしないと不名誉だと後ろ指差される、陰湿だけど誇り高い民族だと。責任を大事にするあまり詫びるために自分の腹を切る、馬鹿げているけど高潔な民族だと。私は幼心に感動して、そのようにあろうと生きてきた。あれは全部嘘だったの?」

「嘘じゃないさ。でもそれは現代日本人じゃなくて昔の日本人の話だからな。それに、精神性に憧れているということと、その模倣まではしないということは両立する事柄だ」

 煙草も短くなった。そろそろ切り上げよう。明日のフライトに備えて眠らなければ。

「私はお前が好きだったのに!なんで最後に裏切るんだよ!返せ!私の中のたかしを返せ!」

 野営基地に向かう俺の背中に、やかましい叫びが飛んできた。ったく。やれやれ。

 この夜は炬燵で味噌汁を飲む夢を見た。

 

 こうして俺は日本へと旅立った。

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