身長189cm体重105kg体脂肪率5%で傭兵として紛争地域を駆け巡りロシア兵から「デンジャラス・ジャップ」と恐れられていた俺が久しぶりに帰国したら日本が宇宙人に乗っ取られていたので無双する   作:山岡さんの鮎

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3話 治安を維持してくれる特別な警察

 

 かつて聖人がいた。古い話だ。

 彼は手を翳しただけで病を癒やし、言葉一つで自然を操り、水を葡萄酒に変えたという。

 科学世紀の今日この頃になっても、どう考えても嘘っぱちなこのホラ話を未だに信じている人間が数多いる。

 …とすると、この話はまさか真実なのか?ホラだと決めつけ一笑に付すのは科学的な姿勢ではない。

 そこでここに一つの仮説を提唱する。

 彼が起こした数々の奇跡は異星のオーバーテクノロジーによるものだったのだ。

 彼は聖人ではなく、星人だったのだ。

 

 ✳︎

 

 エコノミークラスに乗るのは初めての経験だった。黒人奴隷をギッチリと敷き詰めた奴隷船のようなものを想像していたが、意外なことにかなり快適な空間だった。軍用チャーター機の不安定さに比すればJALのシートはいかに快適か知れない。

 俺は傭兵稼業でたんまり儲けていたので、ファーストクラスでもよかった。しかし今はなぜかエコノミーに乗りたい気分だった。

 傭兵を引退してから、生まれ変わったような清々しさが身を包んでいた。

 アナウンスが鳴った。半日のフライトもようやく終わりだ。俺の胸は高揚した。ようやく祖国の土を踏む時が来たのだ。

 勇む心を抑えてシートベルトを外して立ち上がり、タラップを抜け空港のロビーに出た。

 まだ日本に帰ってきたという自覚は無い。これからどうするというあてもない。しかし俺の心は弾んでいた。

 そうだ。皇居まで歩いて行こう。あれを見たら祖国を実感する筈だ。羽田からなら歩いて行けない距離ではない。景色を眺めながらのんびり歩いて、20年振りの日本を堪能しよう。

 

 変わっていないな、というのが東京への第一印象だった。それどころか、建物は老朽化して若干寂れた印象になっている。これも予想の範疇ではあった。俺が日本を発つ20年前ですら、東京の発展はもう頭打ちの感じだった。そういえば、副首都構想とやらはどうなったのだろう。東京の電柱をゼロにすると息巻いていたのは失敗したようだ。地方都市はいくつか滅びていてもおかしくない。とにかく情報に疎い。20年間、毎日生きるか死ぬかの戦場にいたので、日本のニュースなど入ってこなかった。

 とはいえ…。やはり東京、それも都心近くとなると人は多い。通行人たちの表情は、みな一様に明るかった。この国はそこまで悪い方向に向かっているわけでは無さそうだ。

 世相を知るべく新聞が読みたかった。ちょうどコンビニを見つけたので入店した。かつては雨後の筍の如くあちこちにひしめいていたのに随分数を減らしたようだ。

 適当に手に取った産経の一面見出しに、見慣れぬ言葉が並んでいた。

【八紘翼賛会、また憲法改正へ一歩…】

 八紘翼賛会…?

「おい、店員くん!」

 怠そうに品出ししていた小柄な店員は、これまた怠そうに俺を振り返り、途端に萎縮した小動物の目になった。

 それもそうだ。俺は身長189cm体重105kg、体脂肪率は5%をキープしている。分厚く盛り上がった胸板は鋼鉄を感じさせ、彼に向かって伸ばした120mm迫撃砲の砲身を思わせる前腕は過剰とも言えるテストステロンの分泌により血管が蜘蛛の巣のように浮かんでいる。おまけに20年に及ぶ傭兵としてのキャリアにより俺の全身には絶え間なく古傷が刻まれている。

 まず日本では見かけない人間の筈だ。店員が驚くのも無理はない。

 そんなことはどうでもいい。

「店員くん、この八紘翼賛会とはなんだ?」

 店員は固唾を飲んでしばらく俺を見つめていたが、俺が危害を加えるつもりではないと気付くと、おずおずと口を開いた。

「よ、与党ですよ…?」

「なんだと?自民はどうした?」

「えっと…15年前に自民と他のいろんな政党が結成してできたのが八紘翼賛会なので」

「自民の後身ってことか?じゃあ党名がおかしいだろう。自由か民主のどちらかは譲らない筈だ」

 店員は半ば呆れたようにこちらを見つめた。

「当時の野党第一党である八紘興国党がリードしてできたものですから。当時、選挙をすれば政権交代は確実と言われていて、野に下るよりは、と自民が頭を下げて結党したのが八紘翼賛会なんです」

「そうか…ありがとう。仕事に戻れ」

「はぁ…」

 俺は少なからずショックを受けていた。20年という歳月は決して短くないのだと思い知った。変われば変わるものだ…。

 八紘翼賛会か。あまり印象の良い党名ではない。八紘は「あめのした」つまり「天の下」、全世界を意味する。八紘一宇という言葉から抜き出したものだろう。八紘一宇は「全世界を一つ屋根の下にしよう」的な意味となる。元来は古くからある言葉で問題となるような意味はない。日帝がスローガンとして使ってさえいなければ、の話だが。

 新聞に目を戻した。産経は八紘翼賛会をこの上なく好意的に扱っているようだ。

 当てにならないような気がして他の新聞社を探す。…無い。朝日も毎日も無い。代わりに八紘新聞という機関紙が並んでいる。随分右に寄ったコンビニだ。

「おい、店員くん!」

「はぁ」

「もっと各社、多様な新聞を置きたまえ。店長に思想を客に押し付けるなと伝えておいてくれ」

「あの、うちは全国紙は全て置いてますが」

「あぁん?朝日は?毎日は?」

「とっくに廃刊してますよ」

 俺はまたもやショックを受けた。産経の一面を再び見つめる。八紘翼賛会総裁・大星兄人と銘打たれた男の写真と目が合った気がした。

 

 空が夕暮れに染まる頃、ようやく品川まで着いた。そろそろ腹ごしらえをしよう。

 手頃なベンチに腰を下ろし、コンビニで買ったおにぎりを頬張った。

 身に染みる美味さだ。目に涙が滲む。

 レインボーブリッジを眺めながら、ゆっくりと食事をした。こんなに落ち着いた食事は久しぶりだ。

 食べ終わり、チェに火をつけた。道行く人々の楽しそうな声が聞こえてくる。平和だ。この上なく平和なひととき。銃弾が頭を掠めることも、地雷に脚を失うことも、自爆ドローンのバンザイアタックに怯えることもない。なんて心地良い場所だろう。

 さて、これからどうするか。皇居まで行く予定だったが、ここでのんびり座るのは思ったより良い気分だ。夜になるまでこうして、ライトアップされるレインボーブリッジを眺めるのも良い。

 レインボーブリッジといえば…。

 さっきから気になっていた事がある。外国人の数が異様に少ない。それどころか一人も見てないんじゃないか?国際都市東京でそんなことがあり得るのか?おまけにここら辺には入国管理局もあるというのに。

 妙だ。おかしい。

 まあいいか。国を発つ前も移民は問題になっていた。国は規制を締め付ける方に舵を切ったのだろう。

 …それでも観光客はいる筈だが。

 その時、乾いた音がした。気のせいか、とも思った。続けて、また破裂音。

 間違いない。───銃声!?

 誰かの叫び声。通行人はパニックになり、波のように逃げ始めた。

 しかし俺はその波をかき分け、逃げる人々とは逆方向に進んでいった。

 あり得ない。日本で銃声など…。まさかテロか!?せっかくの良い気分を台無しにしやがって…八つ裂きにしてやる!

 しばらくすると、民衆が円になっていた。逃げなかった奴らもいるようだ。その中心こそ、驚愕に値するものだった。

 憲兵のような装備をした男が、小銃を振り回し何やら叫んでいた。足元には小太りの青年がうずくまり、呻いている。

「聞けーッ!コイツは反権力極左集団の一員だ!国策に反した書物を無許可で発行・流布し内乱を引き起こそうとした!よってこれより射殺処分する!」

 憲兵風の男が唾を撒き散らし叫んだ。

 俺は円を作る人々を見回した。誰も止めないのか?

 しかし人々の顔…それは残酷な期待に満ちた、恐ろしい表情だった。みな一様にスマホを掲げ、これから起こる出来事を克明に記録しようと舌なめずりをしている。

 青年は倒れたまま、芋虫のように這いずり逃げようとしていた。しかし芋虫と競争しても負けそうな速度だ。いつの間にか血溜まりができていた。さっきの発砲音は目的を捉えていたようだ。

 見たところ右腿と胸部を打たれている。あの出血では大腿動脈を貫通したのだろう。呼吸にも異常が見られる。カスカスと息を吐くだけで吸えていない。肺が破れている。地獄の苦しみだろう。

「おい。おい!」

 俺は隣にいた中年のハゲた頭を小突いた。

「いてえ!なにしやがんだっての」

「なんで誰も止めないんだ?」

「止める…?ケケッ。馬鹿言いなさんなやお兄ちゃん。あっしらはこれが面白くて都内に生きてるんでっせ。聞きゃあ、ギロチン処刑ってのは毛唐どもの娯楽やったそうやないか。同じことさね。楽しいんでさねぇ、人死にをみるのは…ケケケッ」

「そうじゃない。法律違反だろ。それとも東京は無政府国家か?」

 中年は性悪そうな吊り目をまん丸に見開いた。

「驚いたなぁお兄ちゃん。タイムスリップでもしてきたのかい?こりゃあね、天下泰平、安寧秩序に向けた国家事業だあね。お上がやる事に法律も糞もあるかいね」

 パンッ。

 三度破裂音は響いた。

「あーっ!お兄ちゃんのせいで一番大事なとこ見逃しちゃったじゃないか!どうしてくれやがるんでえ、おう!」

「許さん…!」

「えっ?許さんのはあっしの方で…なんでお兄ちゃんがイキリ立ってるんだい!?」

「この国は俺を裏切った!絶対に許さん!」

「あ、ばか!お兄ちゃん、そういう事言っちゃいけねぇ!お上の前だぜ!」

「おい、中年!久しぶりの休暇、バカンスで南の島に行ったとする。しかし豪雨が土砂降り、止むことを知らず、憧れのビーチは楽しめなかった!そんな気分だ!許せん!殺す!」

「おい、そこ!何を騒いでいる!」

 憲兵風が小銃を構えてこちらを怒鳴った。逃げようとする中年の首根っこを引っ掴み、俺は憲兵に突進した。

「なッ!?止まれ!止まらなければ撃つぞ!」

 撃てばいいさ。俺は中年を盾にしながら突っ走った。

「ひぃぃ!やめてけろ、撃たないで──」

 タタタタッ、という音。盾から響いてくる衝撃。

 野郎、撃ちやがった!しかし、もはや俺の間合いだ。

 俺は哀れな中年を憲兵風に放り投げた。その影からタックルを敢行し、中年の死体ごと憲兵風に身体を叩きつけた。

 骨が潰れ、内臓が割れる音。しかしこれは中年の死体からする音だ。100m走では10秒を切る俺の105kgの体重を乗せた弾丸タックルとは言え、中年がクッションとなった。憲兵風の致命打には及んでいないだろう。

 俺が身体を離すと中年がドサリと崩れ落ちた。憲兵風は数m後ろに吹っ飛んでいた。後頭部を地面に打ったらしく、脚をピンと伸ばしブルブル震えていた。徐脳硬直だ。ありゃあ助からない。なんて虚弱なんだ。戦場じゃ通じないぞ。

 俺はチェに火をつけた。非常に嫌な気分になった。こんな国、さっさと出ていくに限る。

 民衆のスマホは、今や全て俺に向けられていた。腹が立ったので一喝すると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。バッチリ記録された訳か。こうなると少し具合が悪いかもしれない。犯罪者扱いされる前に国を発つ事にしよう。

 

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